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クラブでコンタクトレンズを無くした夜

広告代理店の若手デザイナーだった頃、まだウェイだった頃、クラブでコンタクトレンズを無くした夜の話です。

広告代理店の男は暇さえあれば合コンに繰り出します。その夜も合コンを開催し、結局どうにもならずに若さを持て余して六本木を歩いていました。大分前なので記憶が定かではありませんが、とにかくいい返事をする後輩に「もう今夜は六本木だ」と言って「はいっ!」ととにかくいい返事をされた事だけは覚えています。

六本木の、あれは何てクラブだったか。かなり大きめのクラブに行きました。ぼくは当時免許を持っていなかったので(社会人になってから取った)クラブに行く時は必ずパスポートを持っていました。トートバックの中から颯爽とマリメッコのポーチを取り出し、そこから鮮やかにパスポートを受付に披露すると、EDM響き渡るフロアへと繰り出しました。

ぼくは今と変わらずシャイでした。しかも下戸です。お酒をほとんど飲めないのでウェイをするのも四苦八苦。無理くりにウェイする他無かった。無理ウェイでした。同期の様にイケてる、小慣れたゲームメイキングもできないし、何よりフロアに繰り出す手前で「ちょっと待って、ロッカー、あの、オレパスポート持ってるからさ、ロッカーに、あ、百円ある?」と言った具合。小慣れてない。

いざ鎌倉、いざフロア。フロアに繰り出すとそこはもう男女入り乱れてのオンステージ。もうナンパするっきゃ無い。そういう意気込みでした。しかしぼくは今と変わらずシャイ。心臓がEDMを奏で始める。Aviciiが流れてる?と思ったら、ぼくの心臓の音だった、みたいなエピソードが後を絶たないくらいに。

しかしその夜は、後輩の手前、イケてる素振りを見せなきゃいけない。カッコつかない。「おう、焦るなよ、まずは様子見だ。仕事と同じだ。」とぼくが告げると、声が小さすぎて聞こえてない。そんな始末。しかし流石はいい返事の後輩。一瞬「?」という顔をした次の瞬間には「はい!」である。

クラブを練り歩く。メインフロアから個室が並ぶストリート、チルってるサブのフロア、カウンターの周辺…一通り巡って可愛い女の子はざっと240人はいました。いましたが、もうぼくがチルってるので「…いねぇなぁ」とか言っては、後輩が「はい!」と言う。そんな午前1時。

このままじゃ格好がつかない。ダメだ。そんな時、ぼくにはある「習性」がありました。何度も何度もアタックしてフラれるのが怖いので、ダメもとで「とにかく一番可愛い子に声をかける」という習性が。それがダメでも、後輩も「さすがっす!」でしょう。どうせ浪人するなら東大受けてやるみたいな、自爆行為を進んでやってしまう、そんな所がありました。

クラブをもう1周する。さすがに元気な後輩も「おい先輩、チルってんじゃねーぞ」という顔をしている、気がする。うん、どう見ても1組、段違いな可愛い子達がいる。入口側の椅子に腰掛けて気怠そうにフロアを眺めている二人組。オレ達も二人、彼女達も二人。こんな偶然あるだろうか、100年に一度の偶然、天文学的な確率、そうそれは運命。そう自分に言い聞かせて、もうここは行くしか無いと。心臓がAviciiを奏でていたとしても。

「おいっすー!」

おいっすー!である。記念すべき第一声はまさかの「おいっすー!」である。ぼくが捻り出した丁度良い掛け声。それが「おいっすー!」だった。「ちょりっす」はさすがにチャラすぎるし「おす!」だと体育会系っぽ過ぎる。はたまた「こんばんは」みたいな紳士を気取っても下心は隠せまい。であれば「おいっすー!」の他ない。一択なのである。

振り返る、二人の美女。背中がパックリ開いたドレス。おいおい、クラブにドレスで来るかいな?それも夜の仕事っぽいドレスでも無い。あの、結婚式の二次会にいる女の子が全員女子アナに見える系の魔法のドレスだ。デパートに売ってるやつだ。そういうハレの日のドレスを身にまとう美女。段違いの美女二人。

沈黙。永い沈黙。いや、実際は1秒くらいだろう。沈黙と呼ぶには短すぎる時間だが、ぼくは知っている。「無視されるパターンの間」だと。これは。これは無視されるパターンだと知っている。あの、LINEの既読無視って既読がついて1分で「あ、既読スルーされるパターンの間だ」って分かりませんか?そんな感じ。これは、響いて無い。届いてない。オレの言葉、全然リーチしてない。

焦った。焦りました。さすがに東大受験して落ちてテヘペロってパターンを狙っているとは言え、さすがに無視で終わったら後輩の顔も見れたものでは無い。まずい、何か飛び道具を間髪入れずに繰り出さなければ。女の子が興味を引くであろう最大のキャッチコピー。オレが持ちうる最強のカード。無い物を脳内の引き出しを全部開けて探しまくる。

「そそそそのドレス、めっちゃ良いね!」

「ありがとう」

来ました。ありがとう来ました。もう良いでしょ。帰ろうよ。タクシーで帰ろう、後輩よ。このありがとうを胸に帰りましょう。今夜はぐっすり眠れそうだ。振り返る、後輩の顔を見る。後輩は無言で告げている。「続けろ」と。

「オレ、こう見えてデザイナーなんだよね!だから…その…そのドレス、めっちゃ良いね!」

めっちゃ良いと思った自分が何者なのかを補強する。めっちゃ良いと思う故に、めっちゃ良いと思う我あり。そしてめっちゃ良いと思う我、デザイナーなり。デザイナーと言えばモテると思っている、訳では無い。しかしそれ以外に会話のきっかけが無いのだ。頼ってしまう。珍しい肩書きに。この夜の後ろめたさから、ぼくは「左ききのエレン」でデザイナーを描いているのかも知れない…。

「え!?本当?私もデザイナーなんだけど!」

こんな奇跡があるだろうか?オレは小声で後輩の耳元でつぶやいた。「な?」

それから、4人で何杯かお酒を飲んだ。恋に発展するかと聞かれれば、限りなく可能性は低く感じたが、それでも仲良くはなれた。LINEを交換して、その夜は解散した。

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後日、美人デザイナーからLINEが来た。「クラブでイベントやるから来てよ」と。例の返事が良い後輩は予定があった。何人かに声をかけたが平日の深夜はなかなか予定が合わず、結局一人でクラブに行く事にした。

一人でクラブに行くのは初めてだった。え、めっちゃ怖い。クラブって一人で行くところじゃないよね?やだ、こわ!しかし、一人だからこそ美人デザイナーはかまってくれるのでは無いか?さすがに、そうで無いと困る。

友達にイベントに来たパターンで、もっとも怖いのは「わー!来てくれてありがとう!楽しんでいってね!」で、去られるパターンだ。これは痛い。こっち一人やねんと。一人でそれやられたら正直しんどい。さすがに終電で帰る。そう思いつつ、イベントをしてるブースに顔を出す。

ここからは語彙力が無く、上手く説明できないのが歯痒いので、想像力を膨らませて読んで欲しい。

美人デザイナーが、ものすごいイケメンと話してる。

ものすごい、イケメン。

身長は180、小顔、爽やかなツーブロック、細マッチョ、小慣れたクラブ向きのドレスコード。

想像を絶するイケメン。タレントレベル?それでも言い足りない。タレントの中でもイケてる方のイケメン。後光を感じた。光って見えた。心の中で叫んだ。「よっしゃあああああ!!!!帰ります!!!!!」踵を返した瞬間、声が聞こえた。

「あ、かっぴー!」

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かっぴー!ちゃうわ、気付かなくていいから。美人デザイナーがオレに気付いて手招きをする。おいおいおい、待て待て待て、そりゃあオレを異性としてカウントしていないのは分かりましたよ?でも、そのイケメンと居る場にオレを、地球最大のげっ歯類カピバラに似てるからあだ名がかっぴーのオレを、呼ぶかね?無邪気に手招きするかね?え?

「おいっす!」

おいっす!である。ここでも、やはり「おいっす!」であった。

「紹介するね!この人はA君…」

いや、いいですよ。ごめんて。紹介されても。しかし、A君の次の言葉に耳を疑った。

「この子の…元彼っす…!」

元彼。そりゃそうじゃろう。じゃろうって爺語が出ちゃうくらいには納得した。そりゃそうだ。お似合いカップルとは、まさにこの事。しかし、美人デザイナーの表情は明るくなかった。そのまま、立ち去ってしまう。

まさかの、元彼(超絶イケメン)と二人きりにされるげっ歯類。え?これどうしたらいいの?どうなるの?これ。「じゃあの」って言いつつ、去ろうかと思ったが、元彼はDJブースを見つめ、目を細めながら言った。

「かっぴーさん…ぼく…フラれちゃって」

そうか、いくらイケメンでもそういう事はあるざんしょ。そんなんで親近感を覚えねーからな!君なら、もう取っ替え引っ替え、引っ搔き回せるだろうさ。めげるな、ちんこ使ってけ!そう思った。でも、彼の瞳は潤んでいる。VJのご機嫌な光の演出を受けて、彼の瞳が潤んでるのが確かにわかった。

「なんだい…らしくねぇな…聞こう」

初対面のイケメンに、急に人生の先輩ぶるげっ歯類。後で聞いたが更に年上だった。大人のイケメンである。ちなみに、美人デザイナーも年上だった。大人の美人デザイナーである。

それから、彼の恋愛相談を2時間くらい聞いた。あの子の何が好きか、どこで知り合ってどういう経緯で付き合って、なぜ別れてしまったかも…。最初の10分くらい「オレもあの子を狙ってるって知ってるよな?馬鹿にしてんのかな?」とも少し思ったが、そうでは無かった。

イケメンは、底抜けに良いやつだった。もう、超良いやつだった。イケメンで良いやつ、人類の宝だった。

余談だが、イケメンには良いやつが多い。美人にも良い子が多い。これは、金持ちは大らかな人が多いのと似た現象だと思う。あるステータスが満たされて、カンストしていると、そこにまつわるバイアスが無くなるのだろう。彼は、げっ歯類のオレにも実に紳士であった。人を見かけで判断しない本物のイケメンだった。

気付けば、オレは泣いていた。彼が彼女にフラれた事が、自分の事の様に悲しかった。「なんでこんな良い男をフったんだよ…!」って。イケメンはイケメンで「かっぴーさんだったら、あの子と付き合っても嫌じゃねぇっす」とか言ってる。もう、二人の間に距離なんて無い。オレ達は親友だった。

オレ達は踊った。フロアに繰り出して踊った。泣きながら踊ったよ。飲めない酒も飲んださ。カルアミルクを飲んだよ。イケメンと泣きながら乾杯をして、また踊った。

空が明るくなる頃、やっと気付いた。コンタクトレンズも流れていると。イケメンは心配して「探そうか」と言ってたけど、馬鹿を言え。ここは新木場、眠らない街、日本屈指の大箱アゲハだぜ…コンタクトレンズなんて見つかるわけが無いだろう。そう言うと、二人は笑った。

それから、そのイケメンとは本当に仲良くなって、合コンしたりクラブイベントに遊びに行ったりした。最近はめっきり会ってないけど、たまに新木場で踊った夜を思い出す。

今週、それ以来、やっとコンタクトレンズを作りました。そういう話です。

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