おじさんが「常連」になりたがるのは、失敗したく無いからです。

広告代理店に勤めていた時「おじさん達は、どうしてこんなに飲食店に詳しいんだろう」と思っていた。おじさんAが「どこそこの交差点のさ」と言うと、おじさんBが「XX亭ね?」と答える。よくそんな店を知っているなと。20代のペーペー太郎(語呂が悪い)だったぼくは、外食は限られた日の特別な体験で、行く度に違う店に行ってみたいし、当時インスタも無かった時代なので、店の名前もろくに覚えていなかった。さしずめワンナイトカーニバルである。ワンナイトカーニバルとあえて懐メロを引用したのは、当時の空気感を伝えるために他ならないのでスルーして下さい。しかし、おじさん達はどうやら、ある時期から「六本木で寿司ならここ」「広尾で焼肉ならここ」と言った具合に、もうご贔屓をフィックスしてしまっている様なのだ。ここでフィックスと意識高い系用語を引用したのは代理店の空気感を伝えるために他ならな(略)つまり、ぼくは「おじさんって、新規開拓しないから退屈そうだな」と思っていた。

時は流れ、立派なおじさんになったぼくは(おじさんの定義は時と場合によって変化しますが、ぼくは今年35なので立派なおじさんとさせて下さい。)もうね、完全に「この街で、この料理なら、ここ」を早いところガチガチに固めたくて仕方がありません。ちょっと誤解されそうな言い方だけど「常連になりたい」んです。これは決して「いつもの」みたいに気取りたいとか「よっ!オーナー元気?」みたいにシャシャリたいとか「ちょいと領収書をさぁ」みたいにワルしたいからではありません。すでに前置きが長くなってしまいましたが、今になって「おじさんが新規開拓を嫌がる理由」が、ありありと明確に分かってしまったんです。

「失敗したくない。」という事に尽きます。

さすがに、35歳で「残りの人生、あと何食食べられるか」とかまでは思わないけど、小さな子供がいると尚更思うのは「せっかくの今日という日を、ベストに過ごしたい。」と心の底から思うんです。今日は娘ちゃんも機嫌がいいぞ、奥さんも仕事が無い、ぼくも締め切りに追われてない、よし外食だ。そうなった時に、誰が好き好んで新規開拓をするのでしょう?この店にいくら支払えば、どんなサービスが、どんな美味しさが提供されるのか、予想できる場所に行きたい。思った通りのものを頂きたい。どうしても新しい店に行かねばならん時は、それはもう調べに調べ、電話帳のグルメさんに「あ行」から聞いて回るくらいの事をしたい。絶対に、失敗したくない。

そして、常連になると素晴らしいのが、ぼくが店を熟知するのと同時に、店もぼくを熟知してくれるのです、大抵の場合。

ぼくが2週間に一度は通っている和食のお店は、電話して名前を告げると「あらどうも、今日は何時でも大丈夫よ。奥さんと娘ちゃん?それとも仕事仲間?」みたいに、プロフィールを分かってくれてる。若い頃は、お店に顔を覚えられるのって、なんか小っ恥ずかしくて苦手だったんだけど、今は逆。名前を言った時点で、本来説明しないといけない「小さな子供がいます、ベビーチェアありますか、分煙ですか、ベビーカー置く場所は、うるさい団体客はいませんね、間違っても広告代理店が合コンに使う店じゃありませんね、テキーラ置いてないよね」みたいな前置きがスキップできる。これが良い。

若い頃に「常連になりたい。顔を覚えて欲しい。」って聞いたら「それで気持ちよくなるのか?ど変態め。」と思ってたけど、違う、そうじゃない。おっさんがそう言うのは、つまるところ「失敗したくない。」という心理に集約されるのです。

余談ですが、だからね。良いおじさんというのは、本当に店員とかに丁寧に接するんです。広告代理店にいる、良い方のおじさん達はみんなそうだった。そうじゃない人もたまにいたけど、ぼくを可愛がってくれた人はみんな紳士だった。店員に紳士というのは、回り回って自分の為でもあるんだよね。「私はこういうものです、また利用させて頂きます、だから今後とも宜しくね。」そういう気持ちでいたんだと思う。ぼくも、そうありたいです。もう立派なおじさんなので。

いま、そういう「常連」させて下さる良店を探し中で、40歳になる頃には何となく固めてゆきたいと思っておりますので「これを食べるなら、ここ良いよ」というお店をご存知の方はご一報くださいませ。さっきも書きましたが、小さな子供がいますので個室の店が有難い。

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こっから先は、そんな事を考えるきっかけになった「今日あったヒドイ話・飲食店編」を、できる限り愚痴にはならない様に、面白おかしく書くだけなので、興味がある方はどうぞ。

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