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「アイとアイザワ」第25話

「…現状を振り返ろう」アイは火にかけたヤカンから目線を逸らさずに、ポツリと言った。

アイの自宅に、違和感たっぷりのメンツが揃っている。ニューヨークにあるゴシップ雑誌社の記者、モーリス。そして歌舞伎町のホステス、ルミ。どちらも、ほんの数日前までは接点すら無い他人同士だった。神のいたずら、もとい世界最高水準の人工知能・アイザワの未来予報が無ければ出会うことは無かっただろう。仕事で不在の両親が見たら交友関係を心配されるかも知れない。NIAIの研究所でアイザワと出会ったのが遠い昔の様に感じられたが、まだ数日しか経っていなかった。両親には、親友である花に勉強を教えるという言い訳で外泊を許可してもらっていたのだ。

「アイ、無理をしないで下さい。体調が優れない様です。私に身体があれば、お茶くらい代わりに淹れられるのですが。」

「ふふ…出た、人工知能ジョーク。」

「アイ、これはジョークではありません。願望です。」

モーリスは大きな体を揺らしてアイの後ろに立つと、沸騰したヤカンを掴み上げた。

「アイザワの代わりにオレが淹れてやるよ。コーヒーと言えばニューヨークだからな。ま、生まれはネバダだけどよ。」

「ありがとう。…それで、現状を整理してみたんだけどね。アイザワの未来予報で導き出した“世界大戦に繋がる未来へのターニングポイント”…フラグって呼んでいたものについてなんだけど。」

「お前が“ファーストフラグ”とか呼んでる、例のアレか。最初のフラグは、オレ達が拳銃を受け取った時点で回収されたんだろ?オレ達が拳銃をゲットする事が、巡り巡って“世界大戦に繋がる”未来へ干渉するって。」

「フラグって呼称をつけた事でイメージがし辛かったんだけど、これって“出来事”というより“人”なんだと思うの」

「人…?それってつまり…」

「ファーストフラグはモーリス。セカンドフラグはレミ。そして…サードフラグが…」

「周防花…か。」

「これはフラグというよりも“キャスト”なのよ。主要な出演者。この、世界大戦を回避する物語におけるメインキャスト。私がモーリスやルミと出会えずにいたら、私はこの物語の本筋から外れてしまっていた。つまり…2度と最悪の未来を回避する事は不可能だった。」

「でも花ちゃ…いえ、周防花を…撃退した事で危機は去ったんじゃ無いの?」ルミはティーカップを取り出しながら言った。

「そうは思えない。花は向こう側の人工知能…アイザックと名乗ったものに利用されていただけだから。」

「でもアイザックは破壊したでしょう?ピストルで撃ち落としたじゃない!」

「ルミさん…あれは本体じゃ無いよ。というか…もしアイザワと同じタイプの人工知能なら本体すら存在しないかも…。ほら、アイザワだって一度ぶっ壊れたでしょ?スマホがあれば何度でも復活できる。」

「アイザックについて、一つ解った事があります。アイ、私を机の上に。」アイはアイザワを丁寧に机の上に置いてやった。天井に向けて光を投射している。モーリスはカーテンを閉めた。

「アイザックが出現した場所を地図上にマッピングしました。まず最初に出現した地点…そして撃墜した地点。私達は逃げるために3km近くも走った事になります。消費カロリーは実に…」

「アイザワ、要点を」

「分かりました。要点からお伝えします。アイザックに本体は存在する、と推測できます。」

「何だと…!?おい!何でそうなる!?」

「要点をと仰いましたので…失礼。順を追って説明します。アイザックは、この移動した3kmの中で性能が変化しているのです。」

「性能が…変化?」

「人工知能の性能で差を生むのは“処理速度”です。前回の様に、互いのハードウェアを破壊しようとしている時に、戦況を読む演算が決め手となります。実際、私達は絶えず未来予報を駆使し続けなければあっという間に追い詰められていたでしょう。」

「高校生クイズの早押し勝負、みたいな感じ?」

「ルミさん、間違ってはいませんね。私とアイザックは基本性能は同じ様でした。しかし、地点によっては私よりも処理速度が遅くなる時があった。」

「それは…アイザワが3G回線になった時にアホ化する、みたいな?」

「私の場合は、まさしく弱点はそこですね。私には本体と呼べるものは存在しません。よって世界中のどこにでも存在できますが、一方でネット回線の速度に依存している。ネットが遅い地域では性能を十分に発揮する事はできません。しかしアイザックのそれは、少し違う。新宿御苑園内の、ネット回線はどこも一定でした。それ以外の要因で、アイザックの性能は低下した。」

「…本体との距離…?」

「アイ、その通りです。世界中のどこかにアイザックの本体が存在している。この、たった3km間の移動だけでも僅かに本体との距離は遠のいたり、近づいたりしていた。本当に、僅かな性能の変化でしたが…私とアイザックの基本性能が同じだからこそ、その僅かな差が目立ちました。」

「…てかよ…その変化が地図上にマッピングできてんなら、そっから本体の場所が予想できるんじゃねぇのか!?そしたら形勢逆転、今度はこっちから攻め込んでやれるぜ!」

「生憎ですが、私が分かるのは“方角”までです。」

「アイザワ、方角だけでいい。世界地図の上に線を表示できる?」部屋の天井に世界地図が表示される。日本を起点に地球半周分の線が表示される。

「…まさか海の底ってワケはねぇよな…?少なくとも陸上だろう?」

「海底は現実的ではありませんが、地下というのはあり得ますね。スーパーコンピューターには涼しい場所が最適ですし、私と同級の人工知能を現代科学で運用するとなれば、かなりのサイズになるでしょう。もし、アイザック本体がオーバーテクノロジーを用いて自身を小型化していたとしても、少なくとも初期のアイザックは巨大だったはず…。」

「地下の広大な土地…かぁ。それだけじゃあ絞りようが無いわね。」

「いえ。全く手掛かりが無い状態と比べれば格段に絞られました。これなら成功するかも知れません。」

「成功?」

「モーリスさんに拾って来て頂いたドローンの残骸、私が見える場所に置いて頂けますか?かなり損傷していますが、これは重要な手掛かりの宝の山です。しかし懸念がありました。私はアイザックと同型の人工知能だと思われます。つまり…」

「つまり…何?」アイは、アイザワの声に何か心細さの様なものを感じ取った。

「長時間の接触は、私がアイザックに上書きされてしまう恐れがあります。直に繋がる事は、ハッキングとは訳が違う。私とアイザックは、例えるなら持ち主が異なる同型のスマートフォン。ほとんど同じです。インストールしているアプリや検索履歴などに差はあれど、基本のOSの様なものが同じである以上、簡単に上書きできてしまうのです。もしそうなれば、私はアイザックと同化してしまうでしょう。」

「そ…それは…なんか逆にこっちから攻める事はできねーのか?」

「こちらからの上書きは、重要な手掛かりを消してしまう事になります。それに、私の方からアウェイの地に赴くのです。どんなトラップが用意されているかも分からない。私の未来予報では…2秒以上の接続は危険であると。」

「たった2秒…!?」

「2秒もあれば十分です。人間の速度とは異なるので。アイ、接続にはアイの認証が必要です。私の持ち主は、もうアイなのですから。どうか許可を。」

モーリスとレミは、アイの顔を見た。アイは一度だけ深く息を吸い込んで、口を開く。

「成功させるって約束するなら…許可する」

「アイ、必ず成功するとは限りません。可能性で言いますとー」

「あーもう!そうじゃなくて!気持ちっていうか!?気合いっていうか!?」

「生憎、私にはー…。しかし、了解しました。確実な成功は保証し兼ねますが、きっと成功させます事を…」

天井を照らしていたアイザワの光が次第に細くなり、今度は卓上のドローンに向かって投射された。

「善処します。」

接続開始。残り2秒。


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