見出し画像

初夏の頃(18)インベンションとシンフォニア

その朝、軽井沢の街は深い霧が流れていた。
視界が悪くなるほどで、到着した頃には自転車の私のウインドブレーカーもしっとりと濡れた。鉄扉の門を開けて玄関に近づくとドアが少し開けてあった。中からピアノが聴こえる。スケールとか、指鳴らしのためのパッセージとか短いトリルとか聴こえてきて少し聴いていた。
ドアを静かに開けて中に入ると〜「おはようございま〜す!」と大声が響いてきた。なんだか元気そう。
入って行くとお茶が入れてある、「飲んでいて!」と言って、弾き続けた。楽譜を見る事もなく、ミスタッチもなくショパンやバッハがメインだったが。
私はお茶を飲みながら傍に積んである本を眺めていた。

『自由への道』 Les chemins de la liberté
『存在と無』 L'Etre et le néant
『第二の性』Le Deuxième Sexe
『女ざかり ― ある女の回想』La Force de l'âge
『実存主義と常識』L'Existensialisme et la Sagesse des nations
『完全なる結婚』Van De Velde Die Vollkommene Ehe
『性と文化の革命』The Sexual Revolution 
『ファシズムの大衆心理』The Mass Psychology of Fascism

パルティータのプレリュードを弾き終えると、
「何かリクエストはございますか?」とうやうやしく聞かれた!天井を見上げて〜
「インヴェンションとシンフォニア  グレングルド風〜ってどうですか?」
笑いながら目を瞑って少し上を向く。
降りてくる何かを待ちながら〜弾き始めた

「ありがとうございました」
弾き終わると、大きな木製のサッシの引き戸を開け放してデッキに出て伸びをしてからストレッチを始めた。
それが終わるとケージからスティーブを出した。スティーブははしゃいで走り回る。ひとしきり眺めていた、私はいつものように水をボール一杯に持って行った。「ありがとう!」と、鋭く指笛を吹いた!スティーブは振り向くと必死に戻って来た。水を飲む。飲み終わったスティーブをタオルで拭く、草は露で濡れてる。霧もまだ晴れない。
「始まったよ〜生理!」
僕は返事に困った!「そう!」とだけ。
「テーブルの本、ヒロシに読んで欲しいと思った本を出したけど、翻訳の日本語版を買って少しずつ読んで欲しい、メモは書いといた。
ジャンポール・サルトルは知ってる?」
「自由への道だけ父の蔵書を拾い読みしたかな?思想家?哲学者。
シモーヌド・ボーボワールは?詩人で奥さんみたいな人?ですよね。」
笑いながら〜「まあそうだね。この二人はとても愛し合っていて、それぞれが自立して自由で人間の尊厳とか性差別、特に女性の地位向上に生涯全力を投じた人。二人のことはよく知って欲しいかな?
ボーボワールは
人は天才に生まれるのではない。天才になるのだ。One is not born a genius, one becomes a genius.
人は女に生まれるのではない、女になるのだ One is not born, but rather becomes, a woman.
年ごろの娘たちは結婚のために結婚する。結婚によって自由になれるから。
女は結婚することによって世界の小さな一部分を自分の領域として与えられる。法律が彼女を男の身勝手から守ってくれる。だが、その代わりに女は男の臣下となる。
そんな言葉を残してる、日本の社会は家父長的封建社会が明治以降も貫かれていて。それが、戸籍制度とか、財産相続や刑法にも民法にも残っている。日本国憲法が敷かれた後も、それ以前に作られた刑法、民法を見直してないんだよね。法の下の平等とか、男女同権とか日本国憲法で高らかに謳われても、女は地位が低いまま男社会なんだよね。女性が静的な被害にあっても、男性はその罪を被らないような事が法律で定められている。
本の中に『完全なる結婚』Van De Velde Die Vollkommene Ehe
があるけど、あれは、ざっと読んで欲しい、性的なバイブルとか言われているけど良い夫婦関係が、良い家庭生活に繋がりそれが良い国家になる!
みたいな、独りよがりの優等生的な本だから、こんな本がベストセラーになるのね!と記憶しておけば。
むしろ、ボーボワールとサルトルの方が正直で人間的で生まれながらに平等で実践的で、一夫一婦制なんてそのモラルを押し付けて自己規制してそれが自分の精神を抑圧している事を、何故分からないのか?と。
その意味ではウイルヘルムライヒの『性と文化の革命』The Sexual Revolution は、良いsexは自然と人間本来の生きる意欲の源を刺激して生きる意欲を活発にさせると。だから、したい相手ときちんとコミニュケーションが取れて互いに求め合うなら誰とでもsexすべきだと言っている。当然互いの気持ちと優しさや愛がないといいsexは出来ないわけだから。
エロスの愛の基軸であり根幹だね。」

「僕は思うんです。
女性をお金で買うとは。それだけで地位を下に見て性差別してる、さらに女性を無理やり強姦とかする事件とか多いけど、相手のことは何も考えていないわけで、その最低限のモラルや道徳観念を教えるのが基本的な教育だと思うんです。男の欲望を満たすだけで、理性的に自分をコントロールする事ができないとしたら動物です。繁殖期があるだけ動物の方がマシですよね。
でも、学校の教師とか裁判官とか検察官とか大学教授とか地位の高い男性ほどそうんな事件が多いですよね!」

「ヒロシ君はどうしてだと思う?
・・・教育レベルと社会的な地位と、モラルや自己の理性のコントロールに相関関係が無いからだよね、つまり知性や知識がありそうで最も大切な品性が欠けてるんだよね、それは家庭の躾なんだよね。
自分が思う良い事をしてあげなさい、自分がして欲しく無い事を他人にしてはいけない!それが出来てないんだよね。勉強させて、良い学校に入って、社会的に認められる良い地位についても!家庭が家父長的制度で、父親が絶対で、お前は俺と同じ政治家になれ!とか、医者になれ!とか言われて東大に入っても、自分の意思じゃ無いから、物凄いストレスを抱えて、精神障害を同時に育ててしまうんだよね、それが抑圧、女の子とも自由に恋愛出来なくて、話す事もコミュニケーションの取り方もアプローチも分からなくて突然強姦とか、ナイフで斬りつけるとか、抑圧が爆発しちゃうんだよね。
みんなフロイトのお客さん!笑
良家の子女に多いのは、プライド優先で、子供を親が私物化して壊しちゃうんだよね!」

「なるほどね!すごく納得!僕はある意味幸せです。」
スティーブは彼女の傍でづっと大人しく撫でられ触られていた。
「お昼、何処かに食べに行こうか?」「うん。」
「何食べたい?」
「ガッツリ?お肉かな」
「万平ホテル行こう!」
霧は晴れ上がり始めて青空が見えてきた。

画像1




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?