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お決まりのメニュー

わたしたち夫婦には2歳違いの息子と娘がいる。ふたりともほとんど手がかかることなく成長し中学を卒業すると兄は地元の進学校へ。妹も後を追うように同じ高校へ進学した。ほかに何も望むことのないような平凡だけど幸せなこの生活が続いていくと思っていたのは少々甘かった。

娘が入学して半年経った頃から少しずつ様子がおかしくなってだんだんと学校を休みがちになった。理由を聞いても答えてもらえず、ついには学校にほとんど行けなくなり、病院での診断結果は心の病。結局1年を終えぬまま学校を退学し、2年生になる年にほかの町にある通信制の学校に編入という形で入学した。

娘にとって環境が変化したことがプラスになったようで以前より顔つきも良くなり休まず登校できるようになった。気持ちも時間にも余裕が出来てアルバイトをしたいと言うくらい前向きになり、親の心配をよそに駅前のミスタードーナツで働くことになった。働き始めの頃は疲れて帰ってきていたが仕事にも慣れ1ヶ月が過ぎた頃、娘からお店に食べにおいでと誘われた。きっと娘のことを心配しているわたしたちを気遣い安心させたかったのだろう。

見慣れた駅前が普段と違って見える。ドキドキしながら店内に入ると甘いドーナツの香り。不思議と穏やかな気持ちになり娘に勧められたポンデリングとフレンチクルーラーを選んで席につく。商品を運んだり笑顔で接客して生き生きと働く娘の姿を初めて見た。彼女の思惑通りわたしたちはほっと安心して残った少し冷めたカフェオレを飲み干し温かいのをおかわりした。

その後娘は無事卒業、進学し今は子どもたち二人とも地元を離れ就職している。わたしたちはあれからも娘が働いていたミスドに通っている。ドーナツを食べながらよく娘のことを思い出す。明るく元気で働いている店員の女の子にあのときの娘を重ねて。今日もいつものドーナツとカフェオレと一緒に甘くて優しい思い出がお決まりのメニュー。

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