在りたい姿


ボクは自分が一体何か知らない。
気付けば、丸い卵の中に入ってた。薄く淡くぼんやり外の世界が透けて見える。外を自由に羽ばたく蝶々が美しい。鳥の声が愛おしい。微かに香る緑の匂いが何故かどこか懐かしい。ボクは一体何になれるんだろう?キラキラと映る外の世界にわくわくしながら、その時が来るのを待っていた。

殻が割れた。その日が来た。
うわー!キラキラ太陽が思ってたよりもずっと眩しい!風が気持ちいい!緑の香りが清々しい!これがずっと待ち望んでた外の世界なんだ!嬉しいな!楽しみだな!ボクは何になるのかな。わくわくするな。

空を見上げると彩りの美しい蝶々が自由に空を泳いでいる。
彼らを見て「ボクも将来、蝶々になると思うんだよね」なぜかわからないけど、そうだと思った。でも、どうやってなるかはわからない。ボクもみんなみたいになれるのかな。ボクもあんなに自由に空を思いっきり飛び回りたい。色んなところを見に行きたい。

突然、隣の葉っぱにいたやつが話しかけてきた。「キミ可愛くないね。将来は蛾にでもなるんじゃない?」
彼はとても綺麗な黄緑色をしていた。ボクは雨粒に映った自分を見て、とても恥ずかしくなってしまった。お世辞にも可愛くない。
とても綺麗な黄緑色をしている、彼が少し羨ましかった。

でも、なんでだろう。蝶々も蛾も空を羽ばたいてるのは何も変わらないのに、なんであんな言い方をするんだろう。何かいけないことがあるのかな。

「じゃあ、オレは先に大人になるから。」そう言って彼はサナギになった。
少しずつ彼は形を変えていき、数日経ったある時、突然彼は真っ黒になった。サナギの中から出てきたのは寄生虫だった。

ボクは大人になるのが怖くなった。もしかしたら、ボクもサナギになったら寄生虫に食べられてしまうかもしれない。大人になれないかもしれない。大人になってももしかしたら、ボクは蛾になるのかもしれない。
自分の世界は視界に映るものが全てだった。
怖くなって、不安になって、ボクは長い間大人になる決意が出来なかった。サナギになる勇気が出なかった。雨粒を見ては自分の姿に失望して、彼を思い出せば未来が怖い。

ずっとずっと、葉っぱの裏に隠れていた。誰にも見付からないように。誰にも見られないように。誰にも食べられないように。ボクはもうこのままでいい。このままで良いんだって言い聞かせた。この姿のまま命を終えても、ボクはもう。

強い風が吹いたある日、葉っぱが揺れ隣の木にサナギが居るのを見付けた。ボクはドキドキしながらそのサナギを見つめた。あのサナギはどうなるんだろう。遠くからずっと心配しながら見つめていた。
数日経った頃、羽化が始まった。透き通るサナギはとてもキレイで、表面にヒビが入る。
ボクは見入った。目が離せなくなった。すこしずつサナギが割れ、そこからゆっくりゆっくり時間を掛けて出てきたのはとても美しい蝶々だった。少しずつ翅を伸ばしていき、飛べるようになったとき、見いってたボクに彼女は近寄って話しかけた。
「キミ、見守ってくれてありがとう。サナギってさ、全部を作り変えるからとっても怖いんだよね。でもね、キミが遠くから見守ってくれてたおかげで、わたしは怖くても逃げずに蝶々になることができた。ありがとう。キミが大人になるの楽しみにしてるね。一緒に空を飛び回ろう」そう言葉を残して飛んで行った。

今まで見てきた、どんな自然よりも彼女の姿はかっこよかった。美しかった。何より、自由だった。
あ、そうだ。ボク空を飛びたかったんだ。卵の中からずっと見てた、みんなが自由に飛び回ってた、あの世界が見たかったんだ。
彼女の羽ばたく姿を忘れないうちに、ボクも大人になる決意をした。サナギになる準備をし、自分自身に「行ってきます」と告げ、サナギになった。

どのくらいの日数が経ったのか分からない。でも、ボクはまだ生きている。
大空を飛びながら。もう、自分の姿を見ることはなくなった。

だって、ボクがやりたかったのは大空を飛び回ることだったから。

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