見出し画像

① 尊敬

6月も終わりに近づき、日中は夏を感じるような暑さが続く。それでも夜になれば涼しいため外に出たくなる気持ちもある。少し寂しいなと思いながら一人で過ごす時間も結構好きなのかもしれない。
友達が少ないのかって普通に思ってしまう。

この時期になり、かなり多くの行事が一段落をつけた。教育実習、就活、部活の大会、なんだかんだ自分らしい感じで乗り切れた。
絶対にどこかで挫折はしなければいけないのかというくらい各行事の中で山あり 谷あり。楽しいという感情とめんどくさいという感情が交錯し、何も考えないようにしていた時期もあった気がする。あんま覚えていないが。

こなすべき行事が過ぎ去り、時間的余裕が増えてきた中、緊急事態宣言の発令も相まって減ってしまった人と話したり飲んだり食べたりする機会を取り戻そうと動き出した。

これからは先日友人と少しばかりお酒を交わしながら話した際に強く感じたことを書き残したい。就活、教育実習などを「がんばった」自分、何かを「がんばっている」ときに反芻したい。


友人をKとする。(本人が見たら恥ずかしいけど、)
Kから連絡が来たときは正直すごく嬉しかった。みんな忙しそうだからという適当な理由をつけて誘われすらないときがあるけど、やっぱり誘われることは嬉しい。よく考えると自分から動けばいいだけなのだが(笑)

同級生であるため、自然と会話は就活の話になる。Kも私も活動が落ち着いていたため、なんでそこなのか、学生のままでいたいななどほんとに他愛もない話ができた。
流れの中で、残りの学生生活何しようかといった話題が出た。
僕は「車の免許取らなきゃなあ」など、なんにも面白くないしその後も会話を続けるのが難しいような言葉を発していた。本当につまらない。現実的な話をしてどうするっていう反省も含みつつ。
そこでKは
「ライターの学校に合格したから、当分はそれかな」と。
おっと、これは楽しそうな話題!
Twitterでも言ってたけど、なんなんだ!
単純に興味が湧いてくるのが自分でも実感できるほどテンションが上がったのを覚えている。詳しく聞くと、Kは超有名作家が未来の作家を育てるために開いた学校に合格したという。しかもそれをそれを就活中に同時並行でやっていたという。

Kとの話はここまで。ここからは考えた話。つまらなくて拙くて、ああもう。


Kの話を聞いて、なんかすごそうという印象とともに、久しぶり「いいなあ」という感情になった。
自分でやってみたい方向を見つけ、自分で結果を残す。しかもそれを誰かと比べての自慢ではなく、端的にわかりやすく伝えた。

こんな話を聞いたら自分のことを振り返らざるを得ない。
先に書いた就活。うん、余程のことや夢がなければ大体の学生が通る道だし、やっていて当然と思われることである。がんばったというか、「がんばらされた」。

これも先に書いた教育実習。教職課程の一環として行かざるを得ない実習。過ぎ行く授業と時間をこなし、やるべきことを普通にやっていた。今考えると楽しかったと言い聞かせているだけで、主体的に楽しんでいたのかは定かではない。楽しんだというか、「楽しまされた」。

部活。言い訳をたっぷり背負って、思うような結果が出なくても、ぼーっとして。人の力に頼りきってその場しのぎばっかな気がする。やりきろうというよりは、「やりきらされる」。

外部から受動的な生き方をしている。やったほうがいいことをこなし、忙しいふりをして言い訳をつくり、がんばってほしいと思われているからがんばったふりをする。

そんな自分にやってみたいことに動いている友人の姿勢を見せられ、自分と違うなあと思うと同時に、尊敬の念が浮かんだ。

辿っていけば、たしかに自分もやってみたいから始まっているかもしれない。でもそれも続いていけばどこかから「やらされている」。
やらされていると気づかずにやった気になっているのが1番愚かな気がする。1つでも自分力を生かしてやったことがあればいいけど。
やるべきことをやれることもすごいんだよと言う人もいる。自分みたいなつまらない人になるからその考えやめたほうがいいと思う。あとバカにしてるように聞こえるから普通に言わないでほしい。

ここまで書いたが、だからといってなにかやってみようとも思わないのが自分の一番愚かなところではある。

やりたいことを自分で見つけて、それをやらされない「自分力」が時間的余裕があるときには試される。

あと1年もすれば、黙ってやってろって言われるんだから。



※画像はイメージです。
お誘いお待ちしております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?