スピリチュアルとの付き合い方

僕はかれこれ5年くらい、現実に疲れて(頑張りすぎていた)、スピリチュアルに没頭していた。

そう過去形だ。

もちろん今もスピリチュアルは好きだが、没入はしなくなった。

なぜか?

スピリチュアルに没頭している=やはりこれも頑張っていたということに気づいたからだ。

例えば、いい気分でいよう。
というのはスピリチュアルでは有名だ。

当時は、現実でいいことが起こらなかった時に、「いい気分」でいなかったからだ!とよく結論づけていた。

そして「いい気分」でいるように心がけたもんた(頑張っていた)。

他にも例を挙げると枚挙に暇がない。

そしてやがて、スピリチュアルに疲れた。

そう、ここでも疲れている(笑)

スピリチュアルに傾倒する人は、僕と同じように現実に疲れて、スピリチュアルに傾倒し始める傾向にあるように思う。

言い方を変えると、現実的行動に疲れた時、あるいは現実がうまくいかない時に代替案としてスピリチュアルという方法にいくのだ。
厳しい言い方をすると、スピリチュアルに逃げるのだ。

もちろん、スピリチュアルを否定するわけではない。

スピリチュアルに傾倒してからうまくいったという人もいるだろう。

現実が変わったという人もいるだろう。

但し、それは考えてみればごく当たり前という見方もできる。

なぜなら、スピリチュアルは、これまでの生き方、考え方と真逆の提案が多いからだ。

真逆をすれば、取り巻く現実が変わって当然ではいないだろうか?

これまで自分の生き方を殺してきた人が、

スピリチュアルでは、自分らしく、自分のやりたいようにやりなさい、といわれる。

それをしたら、そりゃ現実は変わる。

良い方に現実が変わったら、スピリチュアル最高!!となるし、

変わらなかったら、スピリチュアルを批判する。
たまに超アンチはこういうところから出てくると思われる。

良い方に現実が変わったなら、やっぱりスピリチュアルいいじゃないか!

と思うだろう。


僕が思うのは、そこからずっと本当に幸せになったのか?

という点だ。

あなたはどうだろうか?

もちろんスピリチュアルに傾倒して、幸せがずっと継続している人は問題ない。

スピリチュアルに傾倒して、ある程度幸せだが、まだ嫌なこともある。だからすごく幸せだとは言い難い。という人に問いたい。

なぜそう感じるのか?


スピリチュアルとの付き合い方は大事だ。

こういうったテーマでこれからノートをあげていきたい。

今回はここまで。




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