見出し画像

佐々木勇気七段【将棋のこと】

私は将棋を観るのが好きだ。
そして山崎八段ファンです。

先日「師弟」という本を読み返しました。一度は読んだはずなのにほぼ忘れてる。再度興味深く拝読しましたが、石田先生の章だけ毛色が違う。師匠というより祖父、お爺ちゃんと孫のような関係で、それはそれで一つの師弟の形ではあるのですが他の師弟関係よりも圧倒的にほのぼの。石田先生の人柄が為せる業か、孫、もとい弟子の佐々木勇気七段の人柄のそれか。「師弟」という題目なので合わせ技一本というのが正解のような気がしています。

天真爛漫で無邪気、快活で純粋というのが私の持つ佐々木七段の印象です。が、いつまでもそうは言っていられない年齢とクラスになってきました。そろそろ三十路の声が聞こえてきましたし、ようやくA級からもお呼びがかかる位置です。正直、少し遅かった感もありますが、やっぱり石田先生の秘蔵っ子ですから当然の如く今のクラスまでは上がってくる訳で、益々の活躍を期待すると共にそうでなければ師匠が納得しないとも思ってしまいます。

佐々木七段といえば今でも電王戦の解説が忘れられない。サブ会場での大盤解説で急に思いが溢れて本音を吐露したあの姿。「コンピューターソフトに勝つ自信があるなら出場している。」「ソフト対策をする時間があるならばトップ棋士に勝つ研究がしたい、と言うのは結局は嘘でただカッコをつけて言い訳をしているだけ。」「本音を言えば負けると思っているから出ない。出場しているだけでも斎藤さんや永瀬さんには先を行かれているんです。」台詞はうる覚えですが言わんとすることはこんな感じだったでしょうか。ソフトという強敵から逃げずに戦っている同世代を尻目に安全な所で尤もらしく解説している自分を急に許せなくなった瞬間でした。多くの客前で、しかも放送されていることも忘れてがっくりと肩を落とす。「自分は何をやっているんだ…」と言わんばかりにその場でうな垂れて落ち込む。偽れない素直さ、呑み込めずに吐き出してしまう若さ、それを取り繕えない不器用さ、その全てが輝いて見えて佐々木当時五段の躍進を多いに期待したものでした。

その後、藤井五冠の連勝を阻んだことで一躍脚光を浴びた佐々木七段。勝ったことよりも、29勝目の対局場に現れたあの姿勢こそが佐々木七段の魅力。見たい、知りたい、感じたい、ただその感情のままに従っては、場違いもカメラもそっちのけで真剣な眼差しを次の対戦相手に注ぐ。座敷童と茶化されたあの姿が私には再び輝いて見えました。連勝を止めたことよりもその後の振る舞いや発言よりも事前の姿こそが佐々木勇気。子供のように純真で大人なら躊躇うであろう姿でも明け透けに見せる。妥協しそうな感情にも折り合いをつけずに抗ってはそんな良き子供っぽさを持ち続けて突き進む好青年。

最近はどうしたんでしょうか。良くも悪くも落ち着いてしまった印象を持ちます。28歳ですしデビューが早いのでプロの年数でいえば十分に中堅。そうなる方が自然かもしれませんが、佐々木七段に限ってはあまり落ち着いてほしくないんです。先日のA級順位戦、終局間際の解説で阿部光瑠七段と話し込んでいる佐々木七段。現在や将来・取り組み方や懸念といった様々な議題について話す内容はいちいち尤もなのですが、その尤もらしさが私には妙に寂しい。大人をし過ぎてない? 妥協し出してない? 私の一方的な思いで申し訳ないのですが、それでは魅力が半減してしまう。飛び火になりますが光瑠君だってそうですよ、二人して落ち着き過ぎです。

もう28歳、でもまだ28歳。
着実なステップアップもいいですが、佐々木七段には覚醒や爆発を見たい。皆をリスペクトする姿よりも奔放に振り回しては盤外で盤上でと困らせている姿が見たい。誰も手が付けられなくなって勝って勝って勝ちまくって斎藤八段にも永瀬王座にも早く追いついて肩を並べてほしい。この世代が藤井五冠の壁になると言ったのは佐々木七段。今や壁は難しいかもしれませんが、この世代にはずっと追走してほしいんです。言い出した張本人なんですから妥協せずリスペクトも後回しで猛追してほしい。「才気溢れる」という言葉が似合う佐々木七段なら急に追いついても驚きはしない。むしろそういう驚きこそ相応しい。そして藤井五冠の背中を捉えた暁には、私も石田先生のように美味しいお酒でも吞みながらその因縁の番勝負を存分に楽しみたいと思います。

この記事が参加している募集

#将棋がスキ

2,678件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?