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佐藤慎一五段【将棋のこと】

私は将棋を観るのが好きだ。
そして山崎八段ファンです。

私が将棋を観始めてすぐ、コンピューターソフトとの団体戦、電王戦が始まりました。格闘技のPRIDEが好きだったこともあり、その演出を一部踏襲している電王戦には夢中になりましたし、その出場棋士には思い入れがあります。中でも、当時まだソフトに敗北した現役棋士が居ないままで迎えた最初の団体戦。この5対5の対局の中で棋士が初めて敗北する場面が訪れるだろうと目されており、そのxデーにも注目が集まっていました。棋士側を応援する気持ちが大きい反面、そんな歴史的瞬間も見てみたいという残酷な気持ちが世間にあっただろうことも確かで、その生贄となってしまったのが佐藤慎一五段、当時四段でした。

故米長先生の対コンピューター戦術に異を唱えて出場が決定したという佐藤五段。その触れ込みもあってか棋士にしては珍しくニヒルで無頼な印象を受けました。どことなく次元大介を思い出す、そんなふうに見えていたのは私だけでしょうか。しかしPVを見ると、将棋教室で子供たちと笑顔で戯れ、ギターを片手に歌っている気のいいあんちゃん。どちらにせよ何かを背負ってきているその雰囲気に、負けたら目も当てれないと心配したことを覚えています。将棋自体も時間と手数をどれだけ掛けようとも僅かな綻びすら許さないといった神経を使う作戦で、結果としてはそれでも生じてしまった綻びをリカバリー出来ずに敗戦。うな垂れて精気を失った佐藤五段の横顔が、ある意味でxデーに相ふさわしい絵面となって事の重大さを物語っていました。その後しばらく佐藤五段のブログを覗いていましたが、この敗戦の責任を真正面から受け止めているのがよく解り、文章からも伝わるヒリつくような佐藤五段の感情が、読んでいるだけの私ですら強く痛く胸に刺さってきました。

格闘技を観ていると負けて輝く選手というのが稀にいます。選手本人は負けている訳ですから良い訳がないのですが、観ているファンとしてはこういう選手は貴重で、負ける選手が輝く試合は深く心に刻み込まれます。
敗戦に対して失礼な感想かもしれませんが、あの勝負での佐藤五段は対局前、対局中、対局後と全て輝いていました。重責を十分に理解している佐藤五段が200手をも厭わない覚悟の作戦を準備し、それを盤上で全身全霊をかけて実行した。志半ばで作戦は破綻してしまったけれど、敗戦後数日経ってもその責任からは一切逃げようとせずに向き合い続けていた。それはもう、誰よりも自身がこの敗戦を許さないといわんばかりで露ほどの言い訳もありませんでした。将棋界の転換ともなる歴史的敗戦を、誰よりも強い認識と覚悟で挑んだ佐藤五段が担ってしまったことについて、誤解を招く表現になりますが私は良かったと思っています。ご本人としては生涯に残る苦い思い出かもしれませんが、将棋界がソフトと共存出来ている今、あのブログから伝わってきた佐藤五段の痛みこそ、誰かが担わらなければならなかったあの敗戦を引き受ける資格ある人物の証であり、将棋の神様がそう人選したのだと思います。「あいつに任せておけば大丈夫だから。」と米長先生がこっそり助言したのかもしれませんしね。

佐藤五段のブログといえば、当時読んでいてもう一つ印象に残っていることがあります。佐藤五段が将棋界のメッシになれると見染めて弟子にした村上邦和君のことです。9歳という幼さで奨励会に入る逸材ながら一度退会。ダメだったのかと残念に思っていましたが、再度入会してはいよいよ二段まで上がってきています。18歳と若いですし、佐藤五段が称えていた斬り合いの将棋を早くプロの対局として見てみたいものです。

過去の敗戦と未来ある弟子のことだけをピックアップしてしまい、佐藤五段ゴメンなさい。本当の輝きは佐藤五段自身の勝利ですので、これからも輝きをどんどん積み重ねていってください。
村上二段がプロとなり佐藤五段との師弟対決が実現して、斬り合いを制した師匠が放つ大きな大きな輝きが早く見れますことを心より楽しみにしております。

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