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床屋と美容院

週刊台本 #22  ひとりコント

(床屋の主人が常連客に街でばったり会う)

あれ?広田くん?
なに〜、そんなに改まって。いやいや、こちらこそ、いつもありがとうねえ。うちの床屋に君が初めてきたのが確か…、小学生の時からだから、もう15年くらいか。
…ああ、そうそう、いつもは駅のこっち側には来ないんだけどね、お弁当屋さんがあるって聞いたからね。ああ、知らないか。そうだよね、広田くんは、私に喋る隙を与えずにずっと喋ってくるおしゃべりな子だからねえ
そういえば、こうやって街で偶然会うのは初めてだねえ。お互いずっと同じ街に住んでいるのに、珍しいこともあるもんだねえ
……うん、また、髪が伸びてきたら、もちろん。いつでも待ってるよ
(相手の腕を掴んで引き止める)
あ、ちょっとちょっと
ひとつ聞きたいんだけどさ、なんで、美容院から、出てきたのかなあ。ねえ?どうして?
うん。そうだねえ。もちろん、いつも私の床屋で切ってくれてるからって、別のところで切っちゃいけないなんていう決まりはないよ。君ももう年頃だからね。でも、……私、さっき切ったよね?
信じられないよ。さっき担当したお客さんが、自分で作り上げた髪型と全く違う髪型で現れたから。びっくりしたよ
午前中、うちの床屋来て、その後私が昼休憩でお弁当買ってたら、もうじゃん。
いつから?え?5年くらい!?5年くらい、うちで切った後、すぐ美容院で切ってたの?ほえーっ!……それは優しさとは違うかなあ〜
いいよいいよ、別に。そうか……、今思えば、毎回帽子をかぶって帰っていってたもんねえ。そうだよね。私にとっての完成形は、君にとっての通過点だったんだもんね。途中の髪型を街の人に見られたくないもんね。ビフォーが、ビフォーになっただけだもんね。
うんうん。君が、うちの床屋で一方的に自分の話をしていたのも、その後の美容院でのトークを試していたんだねえ。君は、私が笑っているのを気にしてくれていると思っていたけど、その向こうにある、美容院を見据えていたんだねえ。そうだよね。美容院の予約時間より1時間早く出て、2000円払って、ビフォーがビフォーになるんだから、トークを試しておくくらいしておかないと、もったいないよね
…あの、ひとついいかな?いつもうちで髪を切った時、最後、わたしが「こんな感じでいいですか」って言った後、結構な割合で「もうちょっと、襟足を短く」って追加注文してきたのはなんだったの?あれは、なんの意味があったの?美容院を知った身として、私に向上して欲しかったの?こんなこと言うのもおかしいけど、床屋が「こんな感じでいいですか?」って聞いた時は、普通なんにも言わないんだよ?
……うん、また、来て。うーん、もう来なくていいかな?うん。まあ、任せるわ。気使うくらいなら、来なくていいし。はーい。
(手を振る)
……
(しばらく見送る)
本当はあんな清々しい顔するんだ……
(扉を開けるジェスチャ)
……予約してないんですけどカットってできます?

祈りましょう