何を食べるかより誰と食べるか

A
B
ウエイター

(テーブル1、両側に椅子2脚)
(A、B、椅子にかけている。テーブルの後ろにウエイターが立っている)
ウエイター: お皿、お下げしますね。続いて、デザートをお持ちしますので少々お待ちください
(ウエイター、立ち去る)
A: あの
B: ん?
A: ちょっと気になることあるから、聞いてきていい?
B: いいよ
(A、舞台端にいるウエイターに耳打ちする)
A; ああー!なるほどー!
(A、黙って席に戻ってくる)
B: …え?何?何?
A: あ、全然、こっちのあれ
B: 向こうで巨大な納得があったよね?
(ウエイターが戻ってくる)
ウエイター: お水、お注ぎしますね
B: あ、あのーすいません。さっきの巨大な納得、なんて言ったんですか?
(ウエイター、Aの顔を見る)
A: 全然大丈夫ですよ
ウエイター: お客様が、先程「お食事の味があまり感じられない」とおっしゃられたので
B: はい
ウエイター: 「お客様、大切なのは何を食べるかより誰と食べるか、ですよ」と
B: …?って言ったんですか?
ウエイター: ええ
A: おかしいと思ったんですよ。こんな高級なお店で、美味しくないわけがないんで
B; で?
(ウエイター、Aの顔を見る)
A; 全然大丈夫ですよ
ウエイター: 「大切なのは何を食べるかより誰と食べるか、ですよ」と
A; ねえ!
B: …
ウエイター: 味には自身を持って提供させていただいているので、可能性があるとしたら、そこしかないかと
B: ああ…結構なことだと思います
ウエイター: お客様のお口に合わないなんてことは、あってはなりません
(ウエイター、Aの顔を見る)
A: 全然大丈夫ですよ
B: 「全然大丈夫ですよ」ってなに?大丈夫じゃないんだけど
A: いや、「大切なのは何を食べるかより誰と食べるか」って本当かな、ってうっすら疑問だったんですよ
ウエイター: そうですね
A: よく考えたらそれって、「大切な人と食べて、美味しい」っていう方向性でしか検証したことなかったってことですよね
ウエイター:確かに
A: でもね、今日、とても美味しいはずの料理が、美味しく感じられなかった。これで初めて?
ウエイター: 「何を食べるかより誰と食べるか」
A: ねえ
ウエイター: そうですもんね
B: いや、いやいや。ごきげんに相槌打ってますけど…え?嫌い?
A: そこ指摘されると、本来は、本来はね、すごく気まずいんだけど、今は納得のほうが断然大きくて、申し訳無さが見えない。申し訳無さが見えなくて申し訳ない
B: 正気を失ってる、みたいなこと?
A: 「正気に戻った」とも言えるんだけど
(B、天を仰ぐ)
ウエイター: お味はどうでした?
A: いやいや、もう、美味しさがベロで完全に止まっている感じでした
ウエイター: あら
A: 話してても全然楽しくなくて、頭の中で東京23区全部言えるかなって思い出してたんですよ
ウエイター: 結果は?
A: 22個は出たんですけど
ウエイター: …板橋?
A: あー!板橋区だ
ウエイター: この辺からだとあんま行かないからねー
A: ねー
B: …帰ろうか
A: ちょっと、ちょっと待って、本当に、本来は誘われた時点で嫌なだけの食事会で、ご飯だけはおいしそうなところだったんで、そこだけは希望かと思ってたんだけど、食べてみたら味がしなくて、本当に今日が人生最悪の日だと思ったんだけど、長年の疑問が解決して、結果、清々しい
B: それが引き止めて言う事か?自己解決したっていうことだよね
A: 今日来たおかげで、自己解決できたから
ウエイター: 何よりです
B: うるせえよ。こっちにいるのも客だよ?
A: ごめんごめん、今度誘うときは水道でいいから
B: …今度誘われることがあると思ってるの?
A: 水道とか、味のないものでいいからさ
ウエイター: サプリとかね
A: いいですね


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