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海へと

週刊台本 #49 コント 

(仕事が嫌になったサラリーマンが海にやってきた)

(SE、波の音)

(スーツ姿の男が正面を向いて肩を落とし、ため息をついている)
……
(老人が現れ、男に斜め後ろから声をかける)
老人:お若いの…
(男、老人に気付き振り向く)
老人:まあ、全て言わなくてもわかっておる。こんな朝早くに、都会から一本の在来線の、終点の駅の海岸で、そんな寂しそうな背広を見たら…
男 :…すいません
老人:…なにを謝ることがある。…まあ、「すみません」がいつの間にか口癖になってしまうんだろうな
男 :…
老人:わたしもずっとここにいる。今まで何人もお前のようなサラリーマンを見てきたよ
男 :…話、聞いてもらっていいですか?
老人:そのつもりで話しかけた
男 :毎日毎日、楽しみがなくて…。ありきたりですけど、同じようなスーツに囲まれて働いていると、自分が生きている喜びみたいなのがわからなくなって…仕事をしてると、もう、このまま老いていくしかないのかな
老人:…うん、まあ
男 :……
老人:でも…もうちょっと頑張ってみたら?
男 :…
(男、老人の顔を伺う)
老人:うん。もうちょっと頑張ってみようよ
男 :それと、今まで何も成し遂げたことがないんですよ。他の人たちは部活に打ち込んだりとか、バンドやってたとか、そういう、人に誇れるような、全力で取り組んで結果に結びついたことが、自分には一つもなくて…。そのせいでどうしても自信が持てないというか…。でももう取り返しつかないかなとか考えちゃうんです…
老人:…なんか
男 :……はい
老人:なんか、趣味とか、探したりしたら良いんじゃないかな?
男 :…
老人:良いんじゃないかなって思うけど…
男 :…いやあ。仕事をしている上でも、なんか自分が、他の人の足を引っ張ってるような気がしてならないんですよ。作業効率が悪くてお荷物になっているっていうか。思い込みかもしれないですけど、周りの人たちはみんな自分より良い大学を出てるから自分は仕事ができないのかなとか考えちゃったりして…
老人:うーん…
男 :…
老人:…まあ、詳しい事はわからないけど、みんな若い頃はそうやって悩むもんだよ
男 :会社の人の接し方じゃないですか?
老人:え?
男 :会社の人の接し方じゃないですか?会社の上司に打ち明けた時と同じくらいの手応えしかないこと言ってますよね?
老人:仕事に慣れるまでもうちょっと頑張ってみようよ
男 :それです。それですそれ。なんか、通り一辺倒で他人事で浅い感じがひしひしとしてくるんですけど
老人:まあ、そうなのか…?
男 :すいません…なんか勝手に期待しすぎてたのかもしれないですけど……え?こういうときに現れる海にいる老人って、もうちょっと聡明なことを言ってくれるんじゃないですか?長く生きているからこそ出てくる経験みたいな…
老人:…いや、人生に迷ったときに突如現れる老人が絶対に背中を押してくれると思うなよ!
男 :急に怒った!
老人:老人にもいろんな老人いるから!
男 :すいません
老人:老人の多様性を認めてください
男 :すいません…勝手にハードル上げてたかもしれません
老人:そもそもなんで海に来たの?
男 :いやあ
老人:そこもハードル上げてるだろ?海に来たらなんとかなるだろうみたいな。沼じゃだめなのか?絶対に海じゃなきゃダメって事はないだろ?沼ではいけないのか?
男 :いや、あの、…海の逆って沼なんですか?
老人:海の逆はどう考えても沼だろ
男 :そうですか?てっきり海の逆は山だと思ってました
老人:いや、山と戦ったら負ける可能性があるからな
男 :あ、この人、自分より弱い奴としか戦わないプレイスタイルだ
老人:まあ、アドバイスは不得手かもしれないが、その代わりと言ってはなんだが、私の話をしよう
男 :聞かせてもらえますか
老人:ああ、ここで会ったのもなんかの縁だ。参考になるかはわからんがな
男 :いやあ、是非お願いします
老人:あそこに船が止まっているだろう
男 :はい
老人:あれは、私の白鯨丸という船なのだが、この間、隣の港まで船で行って、うっかり電車で帰ってきた
男 :そんな自転車でやるようなミスあるんですね、船でも
老人:まあ、人間誰しも間違いはあるっていうことだ
男 :間違いかたが意外すぎて教訓として入ってこなかったんですけど
老人:君はまだ若いじゃないか。夢はないのか?
男 :夢…
老人:私には夢があってな……落ち着いたら喫茶店をやりたいんだ
男 :え?これから落ち着くんですか?結構落ち着きついた感じしますけど
老人:ん?
男 :いや、続けてください
老人:木のぬくもりが感じられる内装にしてな、ひと席ひと席をゆったりした作りにして、デニッシュの上にソフトクリームが乗ったデザートを提供したいんだ
男 :ありますよ。それもうあります
老人:各テーブルにコンセントがついていて…
男 :ありますあります。まんまやってる店があります
老人:メロンソーダを長靴のコップに入れるつもりなんだが…
男 :もうそれはモロです
老人:一店舗だけだろ?
男 :いや、結構、全国にチェーン展開してます
老人:そうか…じゃあ諦めて、別の夢にするか
男 :もう一つあるんですか?
老人:もう一つも喫茶店なんだが、その店は、とにかく駅の近くでコーヒーもできるだけ安く、一杯200円台で…
男 :それもあります。もうパッて言われただけで3種類くらい思い浮かびます
老人:そうか…
男 :あと、とにかく駅が近くてコーヒー200円はあんまり老後にやるタイプの喫茶店じゃないです
老人:まあ、夢を持つのに早いも遅いもないってことだ
男 :夢が特殊すぎて教訓がまた入ってこなかったですけど
老人:そうなのか、そういう店はもうあるのか…夢を持つって、難しいなあ…

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