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『 働けど 罠めぐらし 数にならざり ぶっと屁をひる 』ナローワークス ~遺品整理編

またすげえ田舎に来たなあ。1時間に2本走るバスに揺られてやって来た所は、山間に温泉が湧いているのと、その先に日帰り登山でにぎわうぐらいしか印象のない小さな町だった。

最寄りの停留所で降りるとすぐに、早咲きの河津桜が目に入り、携帯電話を構えて写真に残す。通りすがりのジャージ姿の地元の女子中学生が、同様に携帯電話を構えるので、後ろ姿と桜のツーショットを撮ろうかと思うものの気がひけて先を急いだ。

指定の住所を頼りに、携帯電話の地図を見ながら小川に沿って歩くと、向こうから同じ様な作業着風の格好と、携帯電話を持ちながら歩いてくる中年男性が目に入る。お辞儀をしてぎこちない笑みを交わすと、同じ方向の一本道を進む。

農家の旧くて大きい一軒家の敷地内に、見慣れた銀色箱型の2tトラックが2台確認できた。

おはようございます。マスクと片面ゴム張りの手袋をはめて先に仕事をこなしていたスタッフと合流する。遺品整理事業部の社員と、朴と一緒の派遣員は表情やしぐさで大体わかる。覇気があるかないか、とか、年齢層が低いか高いかとか。朴は断然、後者のほうである。途中で出会った、同世代と思われるおじさんはマスクも手袋もせず、作業に合流する。

雑多に散乱している物をリユース(再利用/転売)かゴミかで袋に分ける。紙類、布類はリユース。呉服類は意外にもゴミ。ハンガーは鉄とプラスチックに分けて、鉄はリユース、プラスチックはゴミ。家電は製造年式で分けて、家具は損傷見た目で選別などなど。ゴミ廃棄のトラックとリユース倉庫行きのトラックにざっくり運ぶ。

家のひとであろうか、兄妹と察っせられる朴より少し上のおじさん、おばさんが所在無くいる。兄のほうは、たいして伸びていない庭の雑草を抜き、妹のほうは、大振りなあじさいの丈を詰めながら成り行きを見守っている。「神棚も捨てちゃってください。期限も切れちゃっているんで。」と、やけに明るい声で中のスタッフに伝える。休憩時には、緑色の液体の見たこともないエナジードリンクを差し入れにいただいた。

桐のタンスを開けていくと、亡くなられたご夫婦の結婚写真とかが出てきた。これ、あげるよってベテラン派遣員が握っていたのは、古い薬品かと思いきやコンドームだった。一瞬、鑑定団ばりに売れるのかなって脳裏をよぎったが、すぐにゴミ袋に目につかないように混ぜた。

2階の子供部屋には、音楽室にあるようなオルガンがあって。本棚を見ると、吹奏楽部だったことがうかがえる。衣装扉を開けると、派手な色遣いのスカジャンなんかがかかっていて、思春期の変遷がうかがえた。勉強机の鍵つきの引き出しには、予想を裏切らずに整然とアダルトDVDがしまわれている。学園もののエロアニメなどが現れると時代性すら感じてしまう。以前、派遣された都営団地での遺品整理では、映画のチラシのスクラップとエロ本の切り抜きのスクラップの2種類が出てきて。映画のチラシの方は文化遺産として引き継ぐように朴が持ち帰った。

ひと通りのかたずけが終わると解散の時間になる。社員の名前は呼び合うかたちでおぼろげに覚えるが、この日会った派遣員の名前は誰もわからない。それこそ何の仕事をしてきて、家族がいるのか、それとも独りものなのか、リユースなのかそれとも何も。

午後になって埃の舞う、春一番の風が青空を灰色に変えていった。おつかれさまでした、またお願いします、と言い残して足早に独り現場を離れる。停留所を一個でも駅に近いところでバスに乗ろうと思い歩いていると、はずれに石造りの鳥居が目に入り近寄ってみる。神社の手舎水で念入りに両手を洗い、うがいをしてから、鐘を振り手を合わせる。境内では歳の離れた兄弟らしき少年ふたりが、キャッチボールをやめて朴を見つめている。

ぽつりぽつりと雨が降り始めた。見知らぬ土地で歩いてみたものの、目当ての停留所はいっこうに見えてはこない。

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