連続インタビュー 1人目:むらさきしゅう

第一の語り部は、『この村に泥棒はいない』でダマソという一人の男を演じるむらさきしゅうです。

ダマソと自分との共通点

- ダマソを演じていて、自分自身に通じるところはありますか?

クリティカルにあります、もしくはあったこととして捉えられますね。ダマソが抱えている苦しみは、自分の人生でも通過したことがあるものとして、実感を持って理解できます。通過っていうのは、似たような質感の悩みを持ったことがあるということです。

- どういった悩みですか?

自分は何者で、今いるコミュニティでどういう風に存在すればいいのかっていう悩みですかね。ダマソは自分が住んでる村から出ていけなくて、そのコミュニティに縛られていると感じている人物。自分が属するコミュニティに対して違和感を持っているっていうところで共通した悩みだと思います。

- 逆にダマソとの距離感はどういったところにあるのでしょうか?

演出の守山は、普段は触りたくないような、自分の中で蓋をしてしまっていて、見たくないようなものを引き出すことを要求するんだけど、その触りたくないものに手を伸ばしてみて初めて悩みが立体化されたりするんです。そうなると、近さを感じているとはいえ、やはりまだまだ距離があるんだなぁって実感させられます。

- ‘触りたくないもの‘?

役と向き合っていくうえで、それを避けて通れば、自分は傷つかずにすむようなもののことです。でもそれに触れて傷つくということが、ダマソっていう役が要求していること、作品が要求していること、演出家が要求していることでもあって、そこに向き合わないと目指す表現にたどり着けないんです。ダマソの問題を通して、自分の柔らかいところ、弱いところに触れてる感じがしますね。

- 客席からダマソを見つめるお客さんも、自身の中にある‘触りたくないもの‘に向き合うことになるのでしょうか?

俳優が舞台上で苦しむことによって、お客さんの中でも閉じてた目が開くというか、見たくなかったものが見えるようになる瞬間があるかもしれません。そうするためには、演ずる僕自身が見たくないものを凝視し続けなくてはならないと思います。お客さんに、これは私の問題でもあるかもしれないと思っていただければ嬉しいですね。

ダマソが生きる価値とは?あなたが生きる価値とは?

- 南米の作品ですが、日本人にも通じる普遍性のある悩みを描いていると思いますか?

コミュニティから抜け出せないっていうダマソの悩みはどこにでもあると思います。例えば、30歳手前くらいまでにお金を貯めて、どこかに行ける自由を手にいれた時には、もう生活の基盤ができてしまっていて、自由はあるのにそれを選択できなくないといった悩みです。ただダマソは自分でも何に悩んでいるのかはっきり分かっていなくて、漠然とした不安を抱えてるだけなんです。演出家から、「あなたが生きる価値とは、ダマソが生きる価値とは?」っていう問いを投げかけられたんですけど、ダマソはその問いに対して多分答えられないと思います。つまり自分で自身の価値をみいだせない男です。そもそも価値って、相手からもらうものと、自分で発見するものとがあって、相手から支持をうけて、それを自分の価値に結び付けることは簡単ですよね。そうではなくて自分自身で価値を発見するには努力が必要だと思います。ダマソの場合、20歳という若さで、奥さんもいて、子供もできてて、他者から与えられる価値は存在するんですが、それはダマソにとっては他の人でも代替可能な価値(役割)でしかありません。。だから自分で自身の価値を見出せないことに彼は苦しんでいて、それが漠然とした不安の原因なんだと思います。アナのせいでどこにも行けず、村の中にいても仕事もなくただビリヤード台の横で朽ちていくだけのような人生を前にして、「自分の価値はなんなのか?」って問うた時に、なにか行動を起こすことで価値を見出そうとしてしまいます。

- 自分の価値を見出せないっていう悩みは現代人にも当てはまることだと思います

現在の日本の社会だと、多くの人は人間的に生きることをあまり考えなくていいと思うんですよ。経済に回されていれば生きていける。大きな流れに乗っちゃえばいい。だから”自分の価値ってなんなんだ”みたいなことに悩まないでも生きていけます。思想は変えられないし、食べるためには働かないといけないけど、たまにふと気がついて欲しいと思います。だから”自分の価値ってなんなんだ”って悩んでいる僕らを見て、そういう考えもあるのかと、違う目を開いていただければ俳優冥利につきます。

夫婦の間で揺らぐ心の動きを見て欲しい

- 最後に作品の見どころを教えてください

大きな事件は起こらないけれど、人の精神的な動きがとても激しいので、どっちかというと物語を見るというよりかは、ダマソ(夫)とアナ(妻)の間でどのような変化が生じているかを見て欲しいです。夫婦のやりとりの中で、互いの言葉に反応して瞬間的に生まれる心の動きを感じていただければと思います。

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