NO GUARANTEE MAGAZINE ARCHEIVE 彩羽匠インタビュー②(2019年)
スターダムで世IV虎(現・世志琥)にまつわる事件が起こった日、彩羽のマーベラスへの移籍が発表された。団体トップ同士が合意の円満移籍ということだった。将来のエース候補でもある彩羽を他団体に差し出すという判断に驚いた人は少なくない。
転機
長与さんが旗揚げすると聞いて、最初は、自分の感情を押し殺してました。でも、徐々に、この気持ちを押し殺したままやっていっていいものだろうかとか、人生1回しかない、後悔したくないと思って、そこから小川さん(スターダム社長)と話を何回かしました。最終的には、小川さんの根負けみたいなところはありました。自分もお世話になったし、変な別れ方はしたくなかったので。最初は否定でしたね。まだ旗揚げもしてない時だったし、どうなるかもわからない。「形のないところに行ってどうなるんだ。いくら長与千種といえども、今の女子プロレス界は簡単じゃない」と。長与さんとは、「That’s女子プロレス(長与がマーベラス旗揚げ前に主催していた興行)」の九州巡業に連れていってもらったときに4日間だけ付き人をさせてもらったんですが、その時に、ほんの少しだけ他愛のない会話をしただけです。移籍の話とかしてないです。小川さんと長与さんが話し合いをしている間に「来たいの?こっちに」「はい!」というのはありました。で、双方納得の円満移籍になったときは、よかったなと思いました。この世界、辞めたと思ったら他の団体にいてということがあるんですが、そうなると団体同士の関係も悪くなるし、ファンの人からしても裏切りみたいになっちゃうと思うので。そこは、小川さんの柔軟さというか、円満にしてくれたことは感謝ですね。
それで、東京から白井(千葉県)の寮(マーベラスの最初の寮)に入りました。山だあ、何もなかったですね。(駅からの交通の便もよくなく、周囲に何もない立地)プロレスオンリーの環境は、ちょっと嬉しかったです。ガイアっぽい、昔の理想に近づいたのかなというのはありました。でも、人がいなかったので、どうしたらいいんだろうと思いました。それまでは、先輩がいっぱいいて、先輩がしていることを真似してという感じだったので。
最初に(桃野)美桜が入ってきてくれて、(門倉)凛は、プロレスラーになる気はなく事務の応募で来たんですが、プロレスラーになりなよと引っ張ってきたんです。彼女たちからは自分が一番年齢も近い先輩で、同じ寮生だったので、プロレスをイチから教えることになったんですが、自分もまだキャリア2年ちょっと。何が自分に教えられるんだろうと思いました。長与千種の遺伝子って言われるわけじゃないですか。自分がちゃんと教えなかったら、長与さんの責任にもなってしまうだろうし。
マーベラスの旗揚げ
(マーベラス旗揚げ戦は、メインで里村との再戦)ぶっちゃけ言っていいですか。苦いですね。自分の中では、結構いけると思ってたんです。どこからか自信が沸いていて。自信満々でいったんですが、プロレスの難しさというか、どん底に落とされた自分でしたね。旗揚げ戦は、移籍してどう変わったか、自分のやりたいプロレスをやろうという意識があったんです。そのために長与さんは、旗揚げまでの期間、他団体にも出さなかったし、試合もやってなかったんです。自信満々で、久々にリングに上がって、準備もしてきて。でも久しぶりにリングに上がったら、お客さんに見られる感覚がわかんなくなって動揺して、「どうしようどうしよう」で終わってしまった。やり切って負けるならまだいいですが、「どうしよう」という迷いに中で終わってしまった。長与さんも同じ気持ちだったんだと思います。旗揚げ戦って、他団体にもお客さんにも注目されるだろうし、そこで、ちょっと違う自分を見せられたら、いいターニングポイントになればいいと思ってたら、「どうしよう」になってしまって、撃沈。
旗揚げしてしばらくしたときにツイッターで「どうして取材にきてくれないんだろう」とつぶやき、苛立ちを隠せない時もあった。
スターダムの時は、試合をするだけの立場。リング周りにカメラマンさんがたくさんいて、コメントブースがあってコメントするのが当たり前の環境だったんです。カメラマンさんたちも、旗揚げ戦は来てくださったんですが、時間が空くと、カメラマンさんが誰もいないという時もあって。これって、見に来た人にしか伝わらないことなのか。なんで映像とかも、撮ってくれないんだろう?自分たちがしていることが間違ってるんだろうかとか、自分の力不足とは思ったんですが、来てくれないなら来てくれないで、いつかドンと飛躍してざまあみろと言ってやりたいという想いはありましたね。なぜ、リング周りが殺風景なの?と。試合をして、その場で終わっちゃって何も残らないのは嫌でしたね。
3へ続く