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あるロッテファンは突然の別れをいかに受け入れたか──あるいは清田との区切りをめぐって

 人生は予期せぬ別れの連続だ。だから送別会や卒業式、あるいはお葬式でさえも、あいさつをして、区切りをつける……そんな儀式ができたほうが、旅立つ側にとっても見送る側にとっても幸せなのだと思っていた。突然いなくなってしまった人とのことは、ずっと考え続けてしまうだろうから。

 これから清田育宏という選手にまつわる話をする。と、言っても僕は決して熱心な清田ファンではない。しいて言えば、2010年代後半、少し大人しめの選手が多いイメージのチームのなかで、印象に残る活躍も多く、つい気になってしまう……そんなレベルだった。同い年、ということもあったのかもしれない。
 歳の話で言えば、30代半ばを迎えたあたりから、年齢の近い選手の引退を目にする機会も増える。あと何年、あと何回この選手のプレーを見られるだろう。この成績では来年どうだろうか……なんてことを考えているうちに秋が来て、あぁ、来年もグラウンドで会えるんだな、とか、引退試合やセレモニーができてよかったな、と思ったりする。彼らが積み上げてきた結果や、数字としては残らないプレーの一つ一つを見ながら、2019年末にプライベートで1つの区切りを迎えた僕は、歳の近いマリーンズのベテラン選手たちが、特に清田のことがなぜか気になるようになっていた。
 2020年の清田は決してレギュラーではなかったが、ここぞというときの代打や、シーズン後半の活躍、何より藤原や安田といった若い選手の活躍によろこび、満面の笑顔で彼らを迎えるシーンが記憶に残っている。いろいろあったけど、ベストナインに選ばれたころのような成績は難しくても、若返りを図るチームに欠かせないピースとしてあと数年は活躍してくれるだろう。サブローや井口、福浦のように……とまでは望まないけれど、マリーンズを支えた選手の一人として、最後は引退試合も企画されるのだろう。そう思っていた。2021年1月の、週刊誌報道までは。

 その後、紆余曲折を経て選手契約を解除された清田は、一部で伝えられたトライアウトへの参加もなく、ロッテ球団を相手取って、損害賠償を求める訴訟を起こす。週刊誌報道も含めて、その内容や是非について僕は直接的なことは何も知らないし、何も言えない。そもそもの発端は彼自身のプライベートの問題だと思うが、「度重なるチームへの背信行為により、選手契約を維持できない」という球団の考えも十分に理解できる。他方で、訴訟に踏み切るだけの覚悟を決める何かも、清田にあったのかもしれない。
 いずれにせよ、こうなってしまった以上はもう二度と、マリーンズに限らず、ほかのどのプロチームにおいても、彼が野球をしているシーンを見ることはないのだろうと、そう悟った。その頃から、僕は清田という選手を、どんなふうに好きだったんだろうと考え始めていた。


 それから1年半あまりが過ぎた2023年。BCリーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズでの現役復帰、そして5月にNumber Webに掲載されたインタビューで「埼玉でのプレーは今年1年間と決めている」という言葉を目にしたとき、僕は自然と試合日程を調べていた。
 もう一度顔を見れば、直接プレーを見れば、何かがわかるかもしれない。そんな淡い期待をしながら迎えた7月1日。朝からの雨は、球場の最寄り駅に着いた頃には上がっていた。中止の心配はなさそうである。同じ徒歩10分あまりでも、幕張のような海風のない、少し起伏のある住宅街を歩く。空はどんよりと曇り空で、蒸し暑い。「貴重な土曜に、いったい何を……」という疑問を深く考えないようにしながら、淡々と歩く。
 スタンドに入ると、この日台湾・楽天モンキーズとの契約が発表された由規のセレモニーが行われている。両チームのメンバーを見れば、ヒートベアーズには元イーグルスの片山博視、対戦相手する栃木ゴールデンブレーブスの先発投手はファイターズなどで活躍した吉川光夫。サードに川崎宗則もいる。ベンチには選手兼任でヘッドコーチを務めている成瀬善久もいるはずだ。彼らは、清田は、どんな気持ちでこの場所に立っているのだろう。

 試合はヒートベアーズ投手陣が序盤から打ち込まれる。指名打者で出場していた清田は、守りの時間も時折ベンチの外に出て守備位置の指示を出したりしていたものの、どうにもリズムに乗れていなさそうだ。第一打席は四球、ノーアウト満塁で回ってきた第二打席はライトへの犠牲フライ。その後、いつの間にかレガースをつけてキャッチャーミットを手にブルペンに向かい、そのまま3度目の打席に立つことなく、若手選手と交代する。試合は2-14。7回コールドでヒートベアーズは敗戦した。

 何のドラマもない、あっけなく終わった試合を見届けて、僕は球場を去った。
 試合前、両チームの整列時に見せた、はしゃぐようなダッシュ。始球式を終えた方へ「ナイスボールでした!」の一声。スタンドを去る観客一人一人への見送りの笑顔やしぐさ。実際の清田を見て、こういうところが好きだったことに気づいた……と納得するにはまだ早いような、確かな気持ちは何もわからないまま、その日が終った。でもヒートベアーズのシーズンはまだ続く。清田は選手を続ける。別に今日は何か特別な試合の日ではない。だからなにも、おかしくはない。

 区切りをつけるにはまだ早いのかもしれない。僕はもうしばらく、清田のことを考え続けるのだろう。

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