夜中にぽつりぽつり。
先月は月に一度しかない燃えないゴミの日をすっかり忘れて、しかも思い出してしまったのでとても悔しかった。
今月の燃えないゴミの日は明日。
ゴミは当日の朝6時~8時に収集所に持っていくのが基本ルールだし大抵の人はそれを守るのだが、前日くらいなら夜のうちに持って行ったところで特に咎められることもない。
今回我が家では一度に出せないくらいの大きさと量のゴミを出すので、第一弾として先程収集所に持って行ってきた。
夜の空気に冷えた金属に手の熱を奪われながら明るい月と星の下を歩く。
空がとてもきれいだった。寒くなるほど空気は澄んで月も星もきれいに見えるけど、じっと見るには寒すぎてじっくり見惚れてもいられないこの問題は厚着以外で解決できないものか。いや凍える寒さの中でこそ空は美しいのかと、寒さを散らすために哲学っぽいことを考えていた。
しかしウインドブレーカーだけでは寒さに対応できず哲学も長くは続かなかった。
収集所の戸を開けようとすると、もうみんな寝静まっている中にやたら大きく音が響いてなんだか後ろめたい。そして戸を開けると中が真っ暗で怖かった。
ふと「もしも今背中を押されて閉じ込められたら怖いな…」とまあ起きないだろうことを考えて、でもそそくさとゴミを置いて家に戻った。
23時。家族の生活に合わせてさっさと寝たほうがいいとわかっているけれど、だって30分前に寝かしつけで寝落ちして起きたばかり。
ついでに言うと単純に眠いけどとにかかく寝落ちが悔しくてもう少し起きていたくて、今この文章を打っている。
話は変わるが、私は今日全く乗り気でない理由で実家へ行った。
先日母から電話で、兄の部屋の布団のシーツを替えてほしいと頼まれた。
40代半ばの息子の布団がどうたら言う上に別のところに住んでいる私に頼むんかい。
「休みいつ?」と次の休みに当然来てくれるようなテンションで来られたので「明後日だけど、病院行かなきゃいけないからそのあとになるよ。午前中病院へ行って帰ってきたら歩いてそっち行って歩いて帰るんだけど、そこまでしてシーツ替えてほしい?」とキレたら、母はいつものように「ん、いい。お休みの日は大事にしなくちゃね」とホンワカ返事をしてきた。
おそらくこちらの怒りしか伝わっていない。理由なんてよくわかっていなくて、きっと少ししたらまた同じようなことで私をうんざりさせるんだろう。
私が夫に対して時々そういうことをしてしまっているように。
しかしこれを放置しているとまた同じことを頼まれるので、今日渋々行って掃除をしてきた。
兄の魔窟はめちゃくちゃなことになっている割に空気は澱んでいないという不思議空間だ。
床には炭酸水とお茶とコーヒーのペットボトルが転がりまくっているし、ホコリや髪の毛やピーナツはすごいしいるんだかいらないんだか判断がつかない紙が散らばっている。
馬鹿正直にシーツだけ替えても何ら変化がないのはわかっていたので、とりあえず布団をベランダに干して、ベッドの上に少なくともゴミではない物を放り投げていく。
タグが付きっぱなしのユニクロのパーカー、サイズが違うだけで夫とすっかり同じものがあった。
Amazonで買ったのだろう白く濁ったチャック袋に入りっぱなしのパーカー。
次から次へと出てくるPC関連のなんかの線。
後になってこの状況何かに似ている…と考えていたら、そうだ。
兄の部屋は砂浜に似ている。さわやかな潮風がふいて気分がいいなと下を見ると砂浜のそこかしこに塩水で洗われて妙にきれいになってしまった大量のゴミ。時々きらきらとシーグラスが光っている。
だから楽しいのだ。ばかばかしく、人間臭いその様子が。
中身が残ったペットボトルは中身をトイレに棄て、散在した物たちの上に無造作に置かれているゴミ袋を取り出してまとめ廊下に放り出した。
着っぱなしにして洗濯してなさそうな服と、布団カバー、シーツ、枕カバー、タオルたちを洗濯機に任せた。
床が見えてきたので掃除機をかけ、「この掃除機は床に細かく振動を与えてゴミを浮かせて吸うことができるのか」と高機能な掃除機に関心していた。
そしてこれ以上は部屋の物に干渉することになるだろうと(既に干渉しまくっているが)部屋を一旦離れ、次は台所の掃除をしていく。
まったく何をどうして何をしなければこんなことになるのだと、こちらはシンプルに汚い。両親が関わっている部分は楽しくもなんともなく、見過ごせないほど、危険を感じるレベルで汚いので無になるほかない。
ちょうどこの時両親は出かけていたので静かに掃除ができた。
根本的に汚いのであっという間に時間が経ち、兄の洗濯物が洗いあがった。
洗濯機には続いて両親の洗濯物を任せ、兄の洗濯物を持って兄の部屋に行った。
兄は両親と洗濯物を洗うも干すも完全に分けている。寒い時期になると薪ストーブを使うため少なからず煙の臭いがついてしまうので自室に洗濯物干し場を作っている。
窓側に干すので洗濯物で部屋が暗くなってしまった。
さあ、また台所へ戻る。
買ってから1年くらい手を付けられていない、高価な洗剤をふんだんに使って油汚れを浮かせていく。父よ。どんなに良い洗剤を買ったところで使わなければただのでかいボトルだ。
さすが高価なだけあってすさまじい油もよく浮く。ただしスプレー機能のせいなのか成分が強いのかむせた。
ピカピカにするには1週間家に通っても足りなさそうな家なので、よく使うところだけ見た目きれいになるくらいにしかできなかった。
油と格闘しているうちに洗濯が終わった。
洗濯物の内容を見てびっくりしたのだが、フェイスタオル18枚、台所ふきん8枚も出てきた。
下着の数を見ると多くても2日分だ。
父の仕業なんだろう。自分はさほど手を付けないのを良いことに干す側のことなんか考えちゃいない。その証拠に父の着替えだけやたら多かった。
父は自分の臭いを気にする割に洗濯物で多少ケアしようという気がない。
ちなみに臭いの原因は酒だが(おゆうの鼻調べ)酒を控える気など毛頭なく、でも気になるたびに着替えているので1日3回くらい着替えていたりする。
思いのほか多かったタオルにうんざりしながらも、両親が遠出する今日たまたま来て良かったと思った。
疲れて帰ってきて洗濯物がどっさりあるというのがつらいのは私がよく知っている。
とりあえず干すところまでやっておけば取り掛かる前からの憂鬱な気持ちを抱えずに済む。
ベランダに干した兄の布団と布団カバーを取り込み、兄の金で買ったものなのを良いことに説明書き通り表面がしっとりするくらいファブリーズを吹き、シーツを取り付け、カバーをかける。
はあ。床が見えて布団が整って、洗剤と柔軟剤の匂いでなんだかきれいになった気がする。
実際は行動範囲の床しかきれいになっていないので周囲は相変わらずPC関連の何かの箱でぎゅうぎゅう、テレビ回りもホコリを蓄えたままなのでほぼ変わっていないが…
行く前に兄に一声かけて部屋に入っていいか聞くべきでは。と、仕事から帰ってきた夫は言った。
そうなのだ。それが普通で、それが正しい。
でも私はひたすら面倒くさかった。
母から電話で頼まれてその時は断り、「行かなきゃいけないんだな」と思ったが最後、行くまで私はずっと休みを楽しめない。
無理こそしないが、無理のない日が来るまでモヤモヤし続ける。
私の気のせいかもしれないけど経験上母はしっかり憶えている。自分の願いは決して忘れやしない。母にとっては単なる希望でも、私には呪いだったりする。もう呪いにも慣れてしまったけど毎回嫌なことに変わりはないあたり、私はちゃんと私でいるみたいだ。
「お兄ちゃんとはいえ成人男性だよ?見られたくないものとかもさ…俺なら絶対嫌だけど」と夫は言った。
実際うっかりコンドームに出会ってしまったが、私には気にするほどのものではない。ひとり気まずくなっただけで。やばい草が出てきたとかそんなのじゃないので可愛いもんだよ。
しかし夕方兄からLINEが来て軽く肝が冷えた。
「掃除しに来た?」
やや遠回しに「お母さんが言うから…」と返信したら
「??」
「なんかわからんけどありがとう」
と、文章上は普通だった。
夫の言ったことがぐるぐるしたが、私にも譲れない部分があった。
母の面倒くささに家族総出で付き合い続けているこの状況は他人には決して見えない。ちょっと会って話す程度の夫には絶対に、絶対に理解できない。
きょうだいみな同じうんざりを味わい続けていることなんか見えない。
「うん。夫が言っていることが普通だよ。正しい。でも夫にはわかんないよ」とやんわり突き放すも、まだ食い下がってくるので(めんっどくせぇ…)という顔で返事をしたら「めんどくさいって顔するなよ!」とぴえんしていたが、譲らないぞ。母は面倒くさいんだ本当に…!!
*
日付変わって燃えないゴミの日の朝をゆったりと過ごし、8時45分になってから指定のゴミ袋に入る小さなゴミと使わなくなった豆椅子、壊れた掃除機をえっさほいさと晴れた空の下収集所へ持っていったら、すでにゴミ収集業者が去った後だった。
昨夜真っ暗闇に吸い込まれそうになりながら開けた時と同じ、すっからかんな収集所。
ゴミと情けなさを持ち帰りながら、前日2往復したほうが確実だった…と、来月の第4火曜日を憶えている自信がない私はぴえんだった。
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