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感想【タイのしきたり】

著:中島マリン

切らしていたビールを買ってきた。ビールと言ったが嘘をついていた事を謝らねばならない。実は発泡酒である。我が家はホワイトベルグという銘柄に傾倒気味で、時折金麦に走るがそれはホワイトベルグが店頭に無い場合であって、店頭にあれば必ずホワイトベルグを購入している。味はどこかスパイスの香りがする。コリアンダーとかそういうやつだ。これ以上の蘊蓄は語れない。美味しいかそれ以外か。新宿の帝王ローランドの言葉は汎用性のある秀逸な言葉だ。あと最近夫と話していて同意したのは、「奇行種」という創作言葉を日本語に馴染ませた「進撃の巨人」の存在である。言葉を作ってしまえる人は凄い。こればかりはセンスである。試しに私も何か…と考えてみるが、一番最初にうんこが思い浮かぶあたりセンスは壊滅的である。

そういう意味で言えば「タイ沼」と初めに言った人も凄い。的を射る言葉だと思う。タイ沼に限らず、「沼にハマる」という言葉がイコール「○○オタク」と言う意味であるし、「○○オタク」と言えば印象が悪いかもしれないが、「沼る」はカジュアルで言いやすい。職場の人間に「実はBLが好きで…え?BL?って、つまりその…男性同士の恋愛を描いた物語のことなんだけど…あ、で…その、タイのBLドラマが今すごい好きで…」と説明すると、BLもタイ沼も知らない人からは確実にヤバい人認定されてしまう。それよりも一言「私今タイに沼っててさー」と言って仕舞えば全てが解決するのである。爽やかな一陣の風の如くである。なんと明快であろうか。

「沼る」は果たして広辞苑に載っているのだろうか。そこら辺は調べていないのでわからないが、まさに言葉は文化であり、文化は生きている。その土地に住んでいないとわからない言葉や文化はたくさんある。民族の歴史を背負う膨大な情報量の一端を教えてくれるのが「タイのしきたり」という本だ。この本のいいところは何よりも読みやすいところである。写真もたくさん掲載されており、非常にわかりやすい。さらっと読めるようにしてあるのか、そこまでくどくどと説明的でもない。例えば第二章の中に出てくる「微笑み」の説明なんかは、中島さんの通訳者としての体験も含めて紹介されているのだが、微笑みがタイ人にとっていかにコミュニケーションの中核にある事をわかりやすく教えてくれている。

私はこの本を読み終えた後に、「タイ人と働く ヒエラルキー的社会と気配りの世界(めこん出版)」を読んで驚いた。タイには12+1の微笑みがあるとその本には書かれていたからだ。この微笑み全てに名前をつけているということが、いかにタイ社会で微笑みが人間関係の潤滑油として必須であるかを物語っている。日本人は言わずに察しろのハイコンテクストな社会の極みにいると「異文化理解力(エリン・メイヤー)」という本は述べているが、なかなかどうしてタイも結構なハイコンテクスト社会であろう。

タイに興味があるけれど何を読んだらいいのかわからない。そんな人には是非ともこの本をおすすめしたい。小難しい話をすっ飛ばしたタイ入門書として非常に有益な書物である。

さて、「タイのしきたり」を読んで一つ疑問に思うことがある。
それは信仰についてだ。本書でタイ人は因果応報とカルマ(業)を信じていると書かれていた。それがどの度合いで信じられているのか、その肌感覚がわからない。勿論ドラマで出てくるタンブンの描写を観るにつけ、信心深いのだろうなぁとは思う。日本で言うところの、神社に行けばついどことなく厳かな気持ちになって、お賽銭とお参りをして心がスッキリする感覚なのだろうか。…例がわかりづらいだろうか。つまり精神に溶けている行為で、例えば普段モラルの無い人も、神社の境内でタバコのポイ捨てやガムの吐き捨ては何かよくわからないけど出来ないな、とか、そう言った感覚だろうか。神様なんか居ないだろうけど、神社の境内に入れば前言撤回、神様は居そうな感覚を味わうあれだろうか。日本で神様を感じられる場所は神社仏閣のみだが、タイはそれが全土という感じであろうか。

何が言いたいかというと、宗教の教えが精神に溶けて、因果応報を心底信じているならば、例えば現在の自分の立場が非常に貧困であるとか、DVを受けているとか、そういった社会的弱者に置かれた場合に彼らはどう思っているのだろう。前世で「バープ(悪徳)」を積んでしまったから、今生での扱いは尤もである。今生では沢山善行をして、来世に期待している、ということだろうか。例えばその貧困が現行制度の問題であっても、自己の中で納得し解決してしまうのだろうか。宗教とは社会の秩序のために生まれたものだと私は思う。善行を良しとする社会はきっと住みやすい。因果応報の思想は確かに秩序をもたらす。けれどこの思想が為政者にとって利用されてしまった場合、こんな好都合な教えもないな、とどこか穿った見方をしてしまう私は宗教に縁遠い典型的な日本人であろうか。無宗教と言い切るつもりはないが、では声高に仏教徒です、神道ですと言えるほど神社仏閣やその教義には詳しくない。
タイ国王は仏教徒でなくてはならないそうだ。国がタイ仏教の総元締めということならば、国王の賢明さは必須事項であろう。

そんな事を思いながら、今日はこれから「I Promised You The Moon」をiPadで見てから寝ようか。夫は大画面で今日もサッカー中継を観ている。まさか妻がこんなに長々と異国の宗教に思いを馳せているとは思いもしないで。

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