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感想【I promised the moon2】

私事だが義祖父が亡くなった。夫の祖父、子供達にとってのひいおじいちゃんである。訃報を聞いて九州に飛び立ち、バタバタと過ごした。やっと今日、元の生活に戻りこれを書いている。
義祖父は御歳101歳、誕生日の日に亡くなった。第二次世界大戦中はフィリピンで捕虜となり終戦を迎えたと聞いた。義眼で、耳が片方聞こえない。私がうんこの処理をしたおじいちゃんである。うんこについてはhttps://note.com/nobunaga_tokyo/n/n8a7409947645に書いてあるので参照していただけたらと思う。

さて、我が家の命運を左右する夫の重大な試験の結果、合格の報せが届いたのが今年の3月であった。柔らかい春の日差しの中、夫は旅立ちの時、もう夫が誰かもわからない、耳も殆ど聞こえない祖父に向かって、「行ってきます!」と叫んだ。旅立つ先は北海道である。この年老いた祖父に何かあっても、おいそれとすぐには駆けつけられない距離だ。恐らくもう二度と生きては会えない、確信めいた予感があった。
昭和という激動の時代を生き抜いた人だ。三世代同居の長として、かつては威厳のあった祖父。今はボケてその片鱗も見えない祖父。
祖父は立派な肩書きが好きだった。彼自身の学歴は小卒で、きっと想像だにできぬほどの苦労をされたのだと推察する。祖父が満足する肩書きを得た夫。けれどもう褒めてくれる祖父はいない。夫の目の前にはボケた老人がにこやかに微笑んで佇むだけだ。
夫の「行ってきます」には、頑張ってきます、と言った決意や、じいちゃんもがんばらなんとよ、と言う想い、そして祖父が生きて居るうちに何とか結果を出せた事への安堵、幼い頃の祖父との思い出…いろんな感情がないまぜとなっていた。ただ一言発せられたその言葉には人生の思い出が凝縮されており、どんな映画よりも胸にきた。
人生とはどんなドラマよりドラマティックである。

さて、前置きが長くなってしまった。
この「I promised the moon」は胸が痛くなる。前作も胸が軋んだ。人生はどんなドラマよりドラマティックであるが、このドラマはドラマティックな中に生身の感情がボロボロと溢れている。
簡単にあらすじを紹介すると、プーケットに住む主人公テー(攻)とオーエウ(受)は幼馴染である。二人は親友でありライバルでもあり、前作の「I Told Sunset About You」では互いに切磋琢磨していく過程で拗れてしまった関係を補修できず、仲違いをしてしまった。そんな二人だが、不器用にその関係を補修していく中で互いの恋心を自覚する。ついに想いを通じ合わせた二人がバンコクに進学する所で前作は終了した。
今作では、進学した二人が互いに置かれた環境の変化に順応していく過程で、互いの心の齟齬を看過出来ず拗らせてゆく姿を繊細に描く。人はいつまでもその場には立ち止まれない。巡り合いが人を歩ませる。変化せざるを得ない心情を一方的に非難はできない。どちらの肩も持てない、そんなお話だった。

毎度思うが、この作品は安心して感動出来る。タイBLにありがちな、起承転結のバランスが悪かったり、伏線を回収しなかったりということがない。登場人物の感情描写はものすごく丁寧だ。前回に続き、今回のシナリオ運びも見事だった。たった5話しか無い中で、辻褄が合って、ストーリー展開が速すぎず遅すぎず、二人が選んだ道、選び直した道までの描写に無駄がない。BLというジャンルだが、シリアスなヒューマンドラマでもある。
主人公役のBillkin氏は泣きの演技が上手だ。前作も顔から汁という汁を出して泣いたあの泣き方が印象に残っている。今作でも彼はたくさん泣いた。少しばかり成長した泣き方だった。

この作品は生身の感情が散りばめられているところが良い。何らかの選択を迫られたとき、主人公たちの判断が等身大のそこら辺にいる普通の人達と変わらないのだ。ドラマティックにしすぎないところがリアルである。リアルすぎて胸が軋む。特にテーの下す判断は時に青臭く、時に独りよがりで、10代から20代前半にかけての男子の空回り描写が秀逸である。同心円上をぐるぐると悩みながら歩き回る、一見ダサい男であるテーの説得力を演技で表現できるBillkin氏はすごいの一言に尽きる。
今作では相手役のPP氏が艶っぽくなったな、と思った。前作では無かった色気があった。タイBLの楽しみ方の一つに、出演者が徐々に垢抜けていく過程がリアルで追えるという部分が挙げられるのではないだろうか。私は【Love By Chance】というタイトルのタイBLで、主人公役のPerth氏が徐々に垢抜けていく様を目の当たりにして感動した。その感動を久しぶりにPP氏で楽しめたな、と思った。

制作会社のナダオバンコクをウィキで調べたところ、1話にかける金額が平均より高い部分や、映画畑出身者が多くいると書かれていて納得した。確かに良質な映画を観たような、そんな後味を味合わせてくれる作品だ。余韻に浸れる良い作品である。

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