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旦那デスノートが好き

私の最大の失敗はお前と結婚した事。
子供達は可愛い。いい子に育ってる。息子にはお前を反面教師にして育てるから。

旦那デスノート

旦那デスノートを読むのがめちゃくちゃ好きなんですよね。なんで旦那デスノートが好きなのかといえば人の不幸を見るのがおもしろいからということなのかもしれませんが、その話しではなくて「夫婦仲」ということに焦点を当てたいと思います。

たぶんですが、人間関係は「相性」と「距離感」のふたつで決まるんじゃないかと思います。つまり夫婦というのは特別な事情でもないかぎり結婚前後の時期が最高に息ピッタリの状態で、その後に同じ屋根の下で暮らしつづけていくことによる距離感の合わなさみたいなものが浮き彫りになっていくのではないかと。

私の感覚としては、夫婦の距離感は離れれば離れるほど良好になっていくだろうと思います。たとえるなら富士山をいちばんキレイに見るためには遠くで見る必要がありますが、登頂しているときにはゴミや土しか目に入らず、過酷な登り坂がつづいているだけの寒い場所でしかありません。山頂の眺めがキレイなのは完全に相手が視界から消えた(離婚した)からでしょうね。

距離が近づけば近づくほど相手のイヤな部分が目に入り、イヤな部分が目に入ることで相手への礼儀や思いやりがなくなり、最終的には冒頭の引用のように「最大の失敗はお前と結婚した事」という結論になってしまいます。他人事として読んでいるぶんにはおもしろいんですけどね。

逆にいえば、たとえ相性が合わなくても距離を保っておけばいいのかもしれません。相手の価値観や趣味に口を出さないとか、あるいは完全に家計や部屋をべつべつにするとか、要するに単なる「同居人」みたいな感じですね。

親子仲が悪い家は、親か子どもの距離感が間違っている可能性がありますね。もちろんシンプルに相性が合わないという可能性もあるでしょうし、完全に破綻してしまっている場合にはまた事情が違うと思います。

ある人がキレイな女性や高ステータスな男性に対して別れ話を切り出すと、決まって「あんなにいい人だったのにもったいない」と関係各位から言われます。でもおそらくその人にとってみたら思っていたよりも登っていた富士山がゴミの山だったのかもしれません。やっぱり人間関係は表面的なことではなく、お互いが近づいたそのときに決まるのでしょう。

1Q84、1巻が読み終わりそうです。