あなたのために
仕事がお休みの日にポスティングのバイトをしている。
とにかく雨の日が多い金沢。
とりわけ冬の金沢は突然雨が降ったり雪が降ったり、天気の急変が多い。
その日も急に風が強くなり小雨が降り出した。
早く配らないと雨が強くなりそう…
急ぎ足で配っていると、
ある家の前に年配の女性が立っていた。
「すみません。入れていってもいいですか?」
ポストを指さしてたずねると、
「それ、何かおもしろい情報載ってる?」
「おもしろいかどうか。どうでしょう…。」
「いらないわ。どうせ読まないから。」
シャキッとした感じの女性がハッキリとした口調で言った。
「そうなんですね。わかりました。すみません。配布はストップしますね。」
お辞儀をして背中を向けると、
「待って。」
呼び止められた。
「入れていって。読まないけど。」
え?
「あなた、それ何部配っていくらっていうやつでしょ?読まないけどもらうわ。あなたのためにもらうわ。読まないけど。」
そう言って女性はニコッと笑った。
「ありがとうございます。」
私も笑ってポストに入れると、またお辞儀をして背中を向けた。
あなたのために…
読まないけど。
読まないけど、と何度も強調する女性の言葉を何度も思い出して可笑しくなった。
家に帰ってからも女性の言葉を何度も思い出し、何度も嬉しい気持ちになった。
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