見出し画像

ここにも北の焙煎人、「さわの珈琲店」

吉祥寺「もか」と宮の森「リヒト珈琲」


『コーヒーの鬼がゆく――吉祥寺「もか」遺聞』という本がある(嶋中労著、中央公論新社2008年、中公文庫2012年)。

吉祥寺の「もか」は、忘れられない。これまで生きてきたなかで一番好きな味のコーヒーを飲ませてくれたお店だ。この本は2007年に亡くなったその店主の標交紀(しめぎ ゆきとし)さんのことを描いたもの。

本の中に、標さんが師と仰ぐ襟立博保(えりたて ひろやす)さんの三男・襟立稔規(えりたて としき)さんが札幌の宮の森で「リヒト珈琲」の看板を引き継いで豆売りの店をしていることに触れた箇所がある。稔規さんも相当の「コーヒーの鬼」であったようだ。

「リヒト珈琲」の跡を継ぐもの


この「リヒト珈琲」も今はない。2014年末に閉店したらしい。帰札して立ち寄る機会は何度もあったのに、行かないままになってしまった。悔やまれる。

2020年5月には博保さんの孫の令意さんという方が「リヒト珈琲」の看板で珈琲豆の通販をしているというブログ記事があがっているが、その通販サイトも今は見当たらない。

いまウェブ上に残るリヒト珈琲の痕跡は、「食べログ」のページくらいだ。閉店して久しいというのにまだある。こういう個性的・伝説的な店のページは残しておいてくれるということだろうか。そう期待したい。

「リヒト珈琲」の系譜に連なる店は、長沼町にあるらしい。「丘の上珈琲」だ。この店の想いは、「継承されていく「一点の濁りも無い」珈琲」という記事に書かれている。

この記事は『北の焙煎人』(クナウマガジン、2018年)という本からの転載のようだ。版元は帯広の印刷会社だが、amazonでふつうに買える。

『北の焙煎人』には、「丘の上珈琲」さんのほか、「暮らしと珈琲 みちみち種や」さん(店舗は札幌市北区北23条)や「自家焙煎珈琲店はち」さん(小樽市住吉町)など、北海道で珈琲の焙煎に真剣に向き合っている人たちがたくさん登場する。こういう出版活動が帯広でおこなわれていることを知って、嬉しい。

その前からある「さわの珈琲店」


しかし、『北の焙煎人』に数えられるべき人は他にもまだまだあるだろう。「さわの珈琲店」(札幌市西区西町南15丁目2-1)はその一つだ。今年の帰札の際、4月30日と5月2日の2回うかがって、強くそう思った。

「さわの珈琲店」さんがこの地に来たのは1978年のこと。その前は宮の森で営業されていたそうだ。宮の森のお店があった場所は「リヒト珈琲」の並びだったという。ただし「リヒト珈琲」は「さわの珈琲店」が移転してから開業したので、近くで並んでいた時期があるわけではない。なお、お店のあったあたりは今はローソンになっている。

1978年なんて、手稲東(当時はそういう地名だった)のこんな住宅街では自家焙煎の珈琲店なんてなかなか理解されなかったのではないだろうか。この地を選んでくださったことを感謝したい。

「さわの珈琲店」のコーヒーのメニューは、ブレンドがソフトブレンドとストロングブレンドの2種で、どちらも400円。ストレートコーヒーは450円で、キリマンジャロ、モカ、コロンビア、東ティモール(有機栽培)、マンデリン、ブラジル、グアテマラ。どれも大ぶりなカップでたっぷり飲める。それぞれ豆売りもしている(モカが100g600円だった)。

以前うかがって飲んだときも美味しいコーヒーだと思ったが、今年は更に美味しく感じられる、毎日飲みたいコーヒーだった。実家から徒歩で10分足らずのところなのにずっと気づかず、初めてうかがったのが2001年11月だった(その後も2004年8月と2008年1月の2回しかうかがっていない)とは、なんともったいないことをしたものだろう。

もっとも、これまでの3回はブレンドコーヒーを飲んだし豆もブレンドのを買ったが、今年は初めてストレートコーヒー(東ティモール)も飲んで、それが特に素晴らしいと思った。自宅で美味しいコーヒーを淹れられた豆もブレンドではなくモカ。「さわの珈琲店」さんの場合ブレンドよりストレートコーヒーのほうが私の好みに合っているのかもしれない。

あるいは、焙煎機は50年以上使い続けておられるものだそうなので、ひょっとしたら50年を超えてついに奥義を極められたということだろうか。50年を超えた年に一度故障したとうかがったが、その修理によって以前にもましていい働きをするようになったのかもしれない。そんなことを思うほど、扱いの難しそうな焙煎機だった。

このお店をなさっているのは「コーヒーの鬼」というには程遠い穏やかなご夫婦だが、この地で45年も自家焙煎珈琲店を続けてこられたあいだには、きっといろいろな物語があったに違いない。嶋中労さん、こちらのお店に取材して、札幌の珈琲店の歴史をまとめてみてはいただけないでしょうか。

あるいは、札幌からコーヒー事情を発信している「COFFEE OTAKU」などの各サイトさんや、「Coffee Journal」の中の人などの皆さんも、こちらのお店を取り上げて深掘りされてはいかが?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?