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今だからロシア文学

ロシア文学は明治の昔から数多く和訳されて日本人に親しまれてきた。長く寒い冬の、娯楽としての「おはなし」という側面もあっただろうし、文学が育まれる程度には豊かな国でもあったのだろう。厳しい自然と対峙する「人」の存在意義を問う作品も多い。フランス文学はどうにも馴染めず、サガンやカミュくらいしか読んでいない(あ、ルナールは好きだった、ごめんねフランス)。でもロシア文学はスルッと入ってくる。ゴーゴリ、チェーホフ、そしてトルストイ。悲劇でさえもちょっと可笑しくて、ストーリーがしっかりしているのも安心して読めるポイント。

最初に「イワンのばか」を読んだのは小学校4年の時だった。父が子どもの時に入手した蔵書で読んだので、昭和20年代の本だったと思う。「イワンのばか」「人にはどれほどの土地がいるか」「人は何で生きるか」の3作品が収載された薄めの本だった。特に「人にはどれほどの土地がいるか」のギョッとさせられる結末は印象に残っていて、繰り返して読んだ。
数年前にもふと思い出して岩波文庫版で読んだ。9つの短編はいずれも民話のような素朴な温かさが心地よい。ズルをしないで地道に働き正直に生きることの尊さが描かれている。訳文の美しさも見どころだ。
イワンと対峙する悪魔が、自分の記憶よりもずっと弱々しくてかわいい存在で、ちょっと和んでしまった。

こんな世の中だからこそ、ロシア文学。敵だって人間。それだけは忘れたくない。