No Regulation第一回戦敗退後のティアドロップ

前回までのあらすじ


遠い異世界 王都よりはるかかなたのプロレス道場で…


「立てオラ! 立てェ!!」

「ヒィ~ン泣泣泣」

 花ざかりの乙女が自分より二段ほど背の低い、そのあどけない顔を鬼の形相にした魔法幼女ティアドロップにしごかれている光景はここでは日常茶飯事だが、道場生────魔法少女たちは平時とは異なる空気のピリつきを感じていた。

「ティアドロップ先生、今日は一段と怖ェな……」

 重そうな髪をスクワットで揺らしながら、リング上のティアドロップとその練習相手が見る間に傷つく様を見ていた姫カットの魔法少女が私語の禁を破って口を開く。重苦しい空気に耐えかねたか、周りの魔法少女たちもひそひそと囁き始めた。

「何せ久しぶりの対外試合、しかも〝 なんでもあり〟でボロ負けしたからな。見たか? ちょっとしたリョナ動画だったぞありゃ」ウェイトトレーニング中のぽっちゃり系魔法少女は恐ろしいものを見たと言いつつ、少し口の端を上向かせていた。

「夕霧さん、もう太ももがムラサキになってるよ……よく立ってられるなァ」ピッグテールの魔法少女はプッシュアップに専念するためか、もうリング上の惨状を見たくないのか顔を伏せた。

 余談だが、この三人は魔法少女になりたい一心でまともな男性としての生活を捨てる覚悟をした「後天的女体化」のグループに属する。ティアドロップは前世が男性なだけでれっきとした女性だが、彼女がしごいている夕霧仮面もまた「後天的女体化」の一人だった。目元をファントムマスクで覆った、銀髪の魔法少女。

「次。立ち技でスパー、3分5ラウンドな」

「イィ~ン泣泣泣」夕霧仮面は奇妙な悲鳴を上げて泣きごとを言う。「だからS-1ルールなんて知らないんですよォ」

「うるせェ、ぶっ殺すぞ!」

「茨の鞭」と謳われたローキックとミドルキックのコンビネーションがビシバシと夕霧仮面の脚を痛めつける。

 ティアドロップ最大の特徴は、幼児体形ゆえの短射程を魔法の力によって拡張している点に尽きる。一見手足が空を切ったように見えても一撃一撃が「当たっている」のだ。この「見えない打撃」の間合いに入ってしまうと大の大人でも「どこから当たってどこまでが当たらない間合いなのか」見抜くことは難しい。

「近づけば当たるのは生身だけなのに」ぽっちゃりが知った口を利く。

「いや、もうムリでしょ。足止まってるもん」ピッグテールが大きく息を吐いた。

 第2ラウンドになり、夕霧仮面がティアドロップの猛撃に耐えながらぽっちゃりが言うように前へ向かって足を踏み出そうとしたその時だった。

 ティアドロップの身体が大きく横に回転する。

 一瞬の隙ができた、と更に前に踏み出せば思う壺。

 視界の外から、腹部──肝臓の位置──に向かって固いブーツの底が飛んでくる。ローリングソバットだ。

 水っぽく鈍い音が道場にこだました。

「うわァ」もろに入って痛そう、と姫カットが同情した。

「どうした、オイ。立ってみィよオラ」

 膝立ちになって俯く夕霧仮面の頬をティアドロップがモミジの葉のような手のひらでぺちんぺちんと叩く。

「けッ、なにニヤニヤしてんだオラ」

 ティアドロップは心底侮蔑した表情でビンタだけでなく鋭い蹴りも顔に入れる。

「ふッ、ふふ…………ふく………くくく」

 それでも夕霧仮面はニヤけていた。

「なんで笑えるんだ…………」姫カットのスクワットが止まっていた。

「あれが夕霧仮面の〝 魔法〟なのさ」ぽっちゃりがバーベルの重さを増やしながら言う。「表向きは性転換も含めた身体改造の魔法。だが肉体の限界を超えて戦うと……痛みが快感に〝 裏返る〟んだとさ。だから痛くてもやめられねぇってワケ」

「なんだ、つまりマゾってことか」ピッグテールはうつ伏せになって休んだ。

「ウワーッ!!」

 第3ラウンドが始まる。夕霧仮面がひときわ大きく雄叫びを上げると、左腕でティアドロップの頭を抱えて右の肘打ちを連発する。

「エイ! エイ! エイ! エイ! エイ! エイ!」

 エルボー。エルボー。またエルボー。

 そして拘束を解くと立ち上がってくるりと回りながらとどめのエルボーを────

 スパァン!!

 ティアドロップのハイキックが風を切った────その足の先を目で追うと地霊の魔力が夕霧仮面の側頭部を確かに捉えていた。脳震盪を起こした夕霧仮面は糸の切れた人形のように足から崩れ落ちた。夕霧仮面をK.O.したティアドロップは残心。

 その時である!

「グワーッ!」

 姫カットの悲鳴! 鮮血の飛沫を上げる首に突き刺さっているのは十字の刃……スリケンだ!

「グワーッ!」ぽっちゃり即死!

「アバーッ!」ピッグテール即死!

 スリーカウントも経たずに道場にいた12名の魔法少女が絶命した! リング上のレフェリーも死亡!

 更にアンブッシュしたニンジャはスリケンを夕霧仮面に放つ!

「ちッ」

 ティアドロップはとっさに左腕を伸ばす!

 パパパパーウワー! ドドーン!

 爆裂スリケンがティアドロップの左腕を爆砕!「グワーッ!」

 ニンジャはリングに舞い降りる……

「ドーモ、ティアドロップ=サン。ファイアプロです」

「ドーモ、ファイアプロ=サン。何をしに来た」

「魔法少女は殺す! イヤーッ!」

 手負いのティアドロップは防戦一方!「ヌウーッ! なぜ殺す!」

「殺すから殺すのだ! イヤーッ!」

「グワーッ! 起きろ夕霧! 死ぬぞ!」

「うう…………」夕霧仮面は起き抜けに全体治癒魔法を詠唱!

「させるかーッ」ファイアプロのスリケンが無数に投げられる! これではティアドロップの魔法でもかばいきれない!

 パパパパパパパパーウワー!

「グワーッ!」「グワーッ!」プラズマ爆破!

「ハハハハハ! これでこの道場も制圧だ!」

「それはどうかな?」突然の男の声!

「エッ?」

 プラズマの煙から現れたのは…………アメジストカラーのタイツを履いた半裸の男だ!

「……エッ? 誰!?

「ドーモ、ファイアプロ=サン。七峰らいがです」

「ド、ドーモ、七峰らいが=サン。誰だ貴様はーッ」

 ファイアプロは貫手を放つが七峰は腕を腋で挟む!

「知らないのか? 夕霧仮面と七峰らいがは同一人物だがヒットポイント管理は実際別々な」アームロックで腕を破壊!

「グワーッ……さてはビデオゲーム=ジツだな!」

「ファイアプロ=サン。オヌシはこの道場を舐めた。よってただでは殺さぬ」

「黙れおろうーッ」

 再びのスリケン! パパパパパーウワー! プラズマ爆破!

「な、なぜだ。なぜ死なぬ!?」

「わからんか。では教えてやろう」

 コクリ……

「それは……プロレスラーだからだーッ」

「アイエエエ!」意味不明!

「隙ありーッ」七峰の掌底から放たれる閃光!

「アバッ……!?」

 次の瞬間!

「アバババババーッ」ファイアプロの全身が粉砕!

「再構築!」

 すると…………ファイアプロの外見に変化!

「こ…………これは!」

「お前も美少女になりたかったんだろう? わかるよ…………」

 ゴウランガ! ファイアプロは清楚な三つ編みメガネっ娘にチェンジしたではないか!

「グググ…………」

「満足しただろう。だが」

「アイエッ?」

 プラズマ爆破の煙が完全に晴れるとティアドロップが元気な姿を見せた!

「殺す」

「アイエエエ!」

「変身!」七峰らいがは道場の正装────すなわち夕霧仮面の姿に着替えた!

「タイミングを合わせろ、夕霧。マジカル★────」

「ダブル────────」

「────────大車輪キック!!!」

 月の光と風の茨がツープラトンした実際無敵のカラテだ! スゴイ!

「グワーッ! サヨナラ!」爆発四散!

「シャアアアアアア!」夕霧仮面の雄叫び!

「それ耳に響くからやめろ、夕霧」

「アッハイ」

「さて…………道場生12人とレフェリー1人の蘇生代、私たちの治療代と道場の修理代で経営難だ。また興行を打つしかないな夕霧」

「そうですね」

「まあ、なんだ」ティアドロップは腕を組んで言った。「お前もまあまあ強くなったな」

「アザッス」夕霧仮面は深く一礼した。「今度は全員救出ルートでいきましょう」

「そうだな」呵呵とティアドロップは笑った。プラズマ爆破で吹き飛んだ屋根から夕暮れの光が差し込んでいた。

【タソガレ・ティアドロップ・ドージョー おわり】

※この記事は「サプライズニンジャ・コン」です。


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