Flying

飛行機に乗るのは初めてではない。初めて飛行機に乗ったのは、中学の修学旅行で沖縄へ行く時だった。国内フライトなんてあっという間だし、搭乗手続きも前の人間にくっついて歩いていればいいだけのようなもので、何も考えることなくただただ初めての飛行機にはしゃぎながら乗り継ぎを経て那覇に着いた。帰りは直行便だった。

今回はそうはいかない。初めて一人で飛行機に乗る。初めて成田空港を利用する。初めて国際線を使う。初めて、海外へ行く。

普通初めての海外ってのは台湾に2泊3日だとか、家族でハワイだとか、なんかもっとそういうところから手を付けるものだろう。何の統計もないのでただの自分のイメージだけど、とにかく初めての海外がプラハに1ヵ月半フラットシェアで滞在、なんていう度胸があるのかただの考えなしなのかわからないような真似の人間はなかなかいないと思う。周りの人間からも「それはだいぶハードル高いね」と笑われた。みんな他人事だからってひどいもんである。ちなみにこの話のもっと恐ろしいところは、出国する1週間前までフラットシェアの話がきちんと決定しなかったところである。一向にメールの返事が来ないので本当にどうしようかと思った。迷惑メールフォルダに振り分けられてて気付くの遅くなっちゃった! って言われてマジで迷惑メールは滅しろ、あとフィルタの精度どうなっとんねんって心から思ったけど、その申し訳なさもあってかもともと安い部屋代がさらに安くなることになってそこはラッキーだった。あと、油断してたら航空券の代金振り込み期限に危うく遅れるところでコンビニATMに猛ダッシュしたのも今となってはいい思い出。明日やろうはバカやろうという言葉がしみじみとバカやろうの心に沁みたのだった。

成田空港へ向かうのに、何も知らない自分は電車代をケチって日暮里から各停に乗った。成田、遠い。めちゃくちゃ遠い。しかも何故だかわからないが車内が妙にカビ臭く、このままでは空港に到着するまでにカビる……! と謎の恐怖に襲われた。もちろんそんなことはなく、家出少女も夜逃げする人もそんな大荷物じゃ身動き取れないだろう、という持ち込み×2+預け入れ×2という上限ピッタリの荷物でなんとか成田に到着した。この時点で若干疲れていた。就活で忙しい中わざわざ成田まで見送りに来てくれたうちの人に散々愚痴りながらアセロラジュースを飲み、各種手続きでさっそくの「こいつ本当に一人で飛行機乗れるんだろうか」っぷりを発揮し、なんとか荷物を預けてチェックインカウンターへと向かった。夜の成田空港は人もまばらで、わたしは去っていくスーツ姿の背中にようやく出国を実感してちょっとだけ寂しくなった。

プラハへは直行便が出ていないので、乗り継ぎが必須である。ギリギリになって航空券を手配したのであまり選択肢がなく、少し値段は張るがパリ=シャルル・ド・ゴール空港で乗り換える便を選んだ。今は終了してしまったJALとエールフランスの共同運航便で、往路はエールフランスの機体だった。そのせいで日本語字幕の映画が少なく、「オズ はじまりの戦い」だけ見てさっさと寝た。いつでもどこでも寝れる自分の大雑把なつくりがプラスに働き、うまく現地時間に身体のリズムを合わせることができたので時差ボケの類は一切なかった。というか休みの日には平気で14時間睡眠とかしてるので、時差ボケもクソもないんだと思う。つくづく大雑把である。ただし足はめちゃくちゃ浮腫んで、スニーカーがパンパンになった。

そして大雑把はパリ=シャルル・ド・ゴール空港に到着した。現地時間深夜3時。なにやら航空券と一緒にもらったチケットには「休憩場所まで係の者がご案内します」って書いてあったけど、そんな感じの人はどこにもいなかった。というか案内表示がなさすぎて、自分の現在地もどっちに行ったらいいのかも全然わからない。大学の教授が「世界で一番嫌いな空港は間違いなくパリ=シャルル・ド・ゴール空港」と言っていたのだが、よくわかりましたよ、先生。乗り換え時間がたっぷり3時間くらいあってよかった。もしタイトな乗り継ぎスケジュールだったら、確実にパニックに陥っていたことだろう。保安検査もなんだかよくわからなくて「え? 終わり? もう行って大丈夫?」と不必要におどおどしてしまい、この時ばかりは自分以外に周りに人がいない状況に深く感謝した。せっかく時間があるのだからもっと空港の中を見て回ってもよかったのだけど、これ以上この不親切な館内を歩き回るのはよそうと思い搭乗ゲートすぐ近くに腰を据えた。明け方の空港はお洒落で天井が高い造りのせいで5月下旬でもべらぼうに寒く、これエアコン入ってんのか? 入ってねーだろ! っていうか周りに人がいないよ!! と本当に見渡す限りスタッフすらいないだだっ広いロビーで、スマホを充電しながらひたすら寒さに震えていた。

腹が立ちすぎて、この旅で記念すべき1枚目となる写真を撮った。お洒落なパリ=シャルル・ド・ゴール空港。許すまじパリ=シャルル・ド・ゴール空港。だがしかし帰りもパリ=シャルル・ド・ゴール空港。つらい。

ようやく朝がやってきて、周りにもちらほら同じ便の乗客と思われる人たちがやってきた。すごい。パリ行きの便はあんなに日本人だらけだったのに、ここには誰一人日本人がいない。どう見ても日本人がいない! もう2時間くらい前からここにいるから断言できるけど、確実に日本人わたししかいない!! こんなことくらいでしか特別なオンリーワンである体験ができないので、妙に意気揚々と小さな飛行機に乗り込んだ。朝ごはんで出てきたクロワッサンがやたら美味しかったのと、CAさんが美女ぞろいでパイロットもイケメンしかいなかったことにエールフランスの底力を感じた。顔採用確実。

ヴァーツラフ・ハヴェル国際空港が近付き、景色が見えるくらいまで高度を落としてからは窓際の席だったのでずっと外を眺めていた。映画のワンシーンみたいに緑と黄色と茶色のモザイクのようになった畑が眼下いっぱい広がっていて、それだけで見知らぬところへ来たのだととてもわくわくした。

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