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lost_and_safeの選ぶ「2010年代のベストアニメ」

ライティング活動、復帰最初の記事です。まあ、本当に当時の自分と比べて文字を書く力が弱くなってしまったこと。いたずらに年だけ重ねてしまいました。

とはいえ、どのメディアもやってそうで誰もちゃんとやってなさそうな「2010年代ベストアニメ」のランキング。例えば、音楽の世界でもはや誰もダフトパンクの『RAM』の話をしなくなったように、「日本のアニメ」もまた、2010年と2020年を比べると価値感といいますか、時代精神は大きく変わっています。

具体的に言葉にしてみるとこうじゃないかなーと。

「ニコニコ動画を中心としたインターネット・ナードの文化圏は2010年時点ではあれだけ希望に満ちていたのに、無自覚のうちにモラルを欠いた道を選ぶことによって、真綿で首を絞めるように、しかしながら階段を転げり落ちるようにすり減らされ、損なわれ、見放され、帰れない荒野まで来た。」

ああ、この10年で誰もが愛した「ニコニコ動画的精神」はどのように壊れていったか、ちゃんと調べて言葉にしてもいいのかもしれない。それは「vipの洋楽垂れ流しスレがルーツだ」と公言している自分の最初にして最後の大きな仕事かもしれない。これは余談ですが、そんな風に思います。

話は戻して、おおよそ、こうした感覚を誰もが共有しているのではないでしょうか。

このランキングはある視点では墓標であるし、それでも楔であればいいと思っているし、自分が少なからずは信頼して、愛したアニメというジャンルへのごく個人的な祈りです。そして、まあ、「未来はそんなに悪くないよ」という、とても2010年代前半的な、いかにも楽観的な期待も込めています。

(コメントは10位から。お時間あるときにご覧ください。)

20:『リトルウィッチアカデミア』(2017)

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19:『つり球』(2012)

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18:『SHIROBAKO』(2014)

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17:『放浪息子』(2011)

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16:『日常』(2011)

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15:『キルラキル』(2013)

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14:『Fate/Zero』(2011-2012)

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13:『人類は衰退しました』(2012)

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12:『放課後のプレアデス』(2015)

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11:『ユーリ!!! on Ice』(2016)

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10:『シュタインズ・ゲート』(2011)

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わざわざofficial髭男dismの「Pretender」の名を挙げずとも、本作は「私たちが大好きなアニメカルチャー」を象徴する作品として深く、強く根付いています。

「時間を超えるという禁忌を続けてでも大切なひとを救う」。「最高のハッピーエンドを迎えるまで絶対に折れない」。「モチーフ」と「ガジェット」の洪水をかき分け、「カッコよさ」と「ダサさ」を行き来する岡部倫太郎の姿に男女問わず広く魅了されました。

それにしてもゲームの発売当初はとんだくせ者に見えた本作が、なぜここまで広く愛される作品になったのか。ガジェットや物語構造の部分が注目されてきた本作ですが、広く愛される理由を見出すのはそれほど難しいことではありません。『バック・トゥ・ザ・フューチャー・Part2』のマーティの活躍を観るたびにワクワクし、切なさに心が締め付けられるのと同じように、本作は極上のエンターテイメントであり、2010年代を代表するラブロマンスなのです。

9:『四畳半神話大系』(2010)

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常に安全圏を確保して、はるか高くから見下ろし、もがく主人公を嗤うトリックスター。小津という、いかにも同時代的な強烈なキャラクターが本作の物語を駆動させます。

小津にどのようなメタファーが込められているか、あえて言うまでもないでしょう。しかし、本放送から10年を経っても「小津的な態度」をする人は思いのほか多い。今なお彼の姿は魅力的に映り、トラウマレベルに模範的な振る舞いとして共有されているのかもしれません。

しかし、2010年代最初の年に生まれたこの作品には、「高みで笑うトリックスターを安全圏から引きずり下ろし、プレイヤーとして強制参加させる」という、「小津的な態度」への処方箋が込められています。

主人公と小津の立場が反転する本作の強烈なラストシーンは、単に敵と味方を二分するだけではたどり着けない場所にあります。2010年代の最初を飾った本作ですが、そのメッセージは2010年代の終わりを迎えても意外なほどに貴重なものだったのです。

8:『氷菓』(2012)

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本作の最終回で綴られた、「この場所には未来なんてもうないけれども、自分はここで生きていくことになる」「その場所をどうしても見せたかった」というえるの言葉。この言葉は、2012年(2011年の「翌年」です)と現在で、異なる意味合いを持つのではないでしょうか。

青春を描くことで、アニメファンの青春の1ページとなった京都アニメーション。その作風の極地が『氷菓』です。根強いファンを持つ原作読者も唸らせる映像美。小説原作というハンデを軽々と超えてみせる魅力的なキャラクターデザイン。これまで培った技術をフルに活かし、注文通り、期待通りの「京アニ作品」に仕上げて見せました。

あの時、奉太郎は「少しばかり先の未来」に関するえるへの返答を、結局、口に出さずに呑み込んでしまった。そのことを「青春の痛み」だからと片づけず、今だからこそ再度振り返り、厳しく意識を向けるべきだと考えています。

7:『龍の歯医者』(2017)

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あまりにも待たされすぎて、エヴァの続編について語る人もいなくなったころに、スタジオカラーがひっそりと制作したなんとも地味なアニメ。2017年の2月、NHK-BSのみでの放送。主演の清水富美加が本作放送直後に「出家」したため、最後の出演作として少しばかり話題になったくらいでしょうか。しかし、本作は未見のまま見過ごすにはあまりにも惜しい。

「旅」と「生」がどうしようもなく結びついた世界観。あたりまえにいつ自身の命が失われてもおかしくない日々のなかで、それでもどうしようもなく大切なものが喪われ続けていくというストーリーテリング。そのメッセージを、小沢健二の「僕らが旅に出る理由」に憑依させるエンディング。

青年期を経てより大きな視点と強靭な足腰で物語を描けるようになった舞城王太郎のシナリオが、円熟味を増した榎戸洋二の軽やかなペンで踊り、鶴巻和哉監督をはじめとしたスタジオカラーが誇る優秀なクリエイターによって更なる躍動感が与えられる。なるほど出家などしなくとも、長い人生の拠り所となるエッセンスはきっとこの作品に詰まっているはずです。

6:『けものフレンズ』(2017)

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まるでプレイステーション2の時代に逆戻りしたかのような解像度の低いCG。まるで子供向け絵本のようにシンプルなコミュニケーション。現代のアニメとはとても思えない奇怪な異物、つまるところ、「満場一致で馬鹿にしていいネタアニメ」として発見された本作は、最後には誰もが認める2017年を代表する感動的な名作として心に刻まれることとなりました。

CGの解像度の低さ。会話のシンプルさ。たつき監督はこれらを自覚的に、自由自在にコントロールし、視聴者の心をくすぐる「余白」を見事に提示しました。その巧みなストーリーテリングは、技術的にもピークを迎えつつあったハイクオリティな映像に対して随分と目の肥えたオーディエンスに衝撃を与えたのです。

しかしながら、本作がアニメファンの枠を超え、ミュージックステーションでOPが演奏されるまでのムーブメントになった要因は単にテクニックの部分だけではありません。

それは次作の『ケムリクサ』でも見られる、「"それでも"隣人に対する信頼と親愛を一心不乱に守り通す」というテーマ性。たつき監督の抱える問題意識は、ニコニコ動画やTwitterといった絶対的だったコミュニケーションツールが自家中毒で陥落し、他者への不信が心を覆いつつあった2010年代後半の空気を見事に貫通してみせたのです。

5:『魔法少女まどか☆マギカ』(2011)

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今見返してみると、キュゥべえに対して「なんて古いタイプの悪役だろう」ともはや懐かしささえ覚えます。また、マフィア映画と魔法少女アニメをマッシュアップした虚淵玄の脚本は、今なお強烈な作家性を感じさせますが、楽しみ方の方向性は午後のロードショーで『コマンドー』を観るような、ネタ的消費に近いものがあります。

しかしながら、放送当時、今作ほど同時代的でクリティカルなものはありませんでした。なんとなく根拠もなく続いていくだろうと思っていた多幸感。それをハンマーで振り下ろすかのように破壊した3話の衝撃は今なお記憶に残っています。

10話の「種明かし」。震災による放送中止を経ての最終回連続放送。そして映画版でのどんでん返し。それらすべてが今や語り草。再放送の際にはレガシーや記念碑のような扱いで話題になります。

少女のごく個人的な妄執がキュゥべえのようなシステマティックな悪意を完膚なきまでに破壊して物語が終わるという、劇場版の露悪的痛快さを考えても、2010年代を象徴するアニメーション作品をひとつ選ぶならやはりこの作品だろうと思われます。

4:『輪るピングドラム』(2011)

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いまなお、強烈にアンビバレンツな想いに駆られる作品です。「愛の形に固執する必要はないじゃないか、そんな風になるから眞悧のようなヒース版ジョーカー的悪意に足を掬われるんじゃないか」。そんな風に当時は考えていました。

いまとなっては、なんと豊かで幸福な立場の人間の考え方だろうと思います。2011年には作中の登場人物が語っていた愛という希望は相対的でありながら絶対的な希望に映っていました。しかし、愛は実際には先ほど語った自己矛盾の通りにあいまいで、ギリギリ細い糸でつながったか弱いものなのです。

いまでもやりようはあったじゃないかと思わなくはありません。ただ、結局のところ、社会的居場所のないみなしごである彼らは身を挺して、命をなげうってでも悪意(相対的かつ絶対的、ゆえに無敵という矛盾を抱えていたのはむしろこちらのほうです)から「愛」を守り抜いた。稀代のアニメーション作家である幾原邦彦が描いた高潔な精神は大いに尊敬に値する。この10年でこの作品への意識が大きく変わりました。

3:『ピンポン』(2014)

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2000年代ではなく、2010年代に松本大洋です。読んでおくべき作家ではあると思いますが、アニメファンにとって必修科目かというとおそらくは違うでしょう。ゆえに、こういう場ではなんとなく忘れられがちかもしれません。

本作は5巻の原作を11話でまとめるという時間配分のもと、原作では語られなかった余白に意識を割きました。特に「本国で競争に敗れた中国人留学生」であるチャイナの感動的な成長過程は原作との大きな違いです。

湯浅正明監督は「『偉大なるヒーロー』、ペコの復活」という原作の核心となる箇所もさることながら、「スポーツを通じてヒーローになれなかったもの、敗れ去ったもの」のペーソスや痛みを引き受け、彼らが居場所を見つけて、物語のあとに前を向いて生きるための「それから」を描き切りました。その真摯さが、ありふれた「ノイタミナによる懐かしい名作のアニメ化」に特別な魔法を与えたのだと思っています。

2:『宇宙よりも遠い場所』(2018)

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南極探索という地味なテーマ。もっというなれば、全話数の半分を「南極に行くまで」に費やすという恐ろしく贅沢な時間の使い方。「売れるアニメは3話までに見つからなければいけない」という、(擦りすぎて2018年にはとうに擦り切れていた)常識から大きく外れた構成です。しかし、そんな地味にもほどがある本作ながら、アニメファンに「見つかる」までには時間がかからなかったと思います。

「ニューヨークタイムス」が本作を年間ベストのうちの1作に挙げたことで驚きを呼びましたが、なるほどその気分はわからないでもない。本作に登場する少女たちはみな、どこかしら社会からはじき出された孤独を抱えています。「社会のみなしご」と呼んで差し支えはない。彼女たちのピルグリムとも呼ぶべき辺境への旅とそこから生まれるかけがえのない連帯は、「都市で生まれた孤独」への古典的ながらクリティカルな抵抗であり、日本のアニメファンを超えて機能するセラピーになりえます。「ガールズ・アー・"オールライト"」!「僕らが旅に出る理由」!

しかし、個人的に本作が2010年代の名作のみならず、2020年代、そしてそれ以降も重要な作品だと断言できるのはこの要素だけではありません。「大文字で語られる物語と同じくらい、語られなかった物語にも重要な意味と感動、ひいては価値がある」ことを本作のラストシーンは証明しているからです。それは情報が錯綜し、物語の偏在と凶暴化が加速するこれからの未来において、常に心にとどめておかなければならない想像力だと考えています。

1:『血界戦線』(2015)

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主人公のレオは「過去に耐えがたき後悔を背負って大都市にやってきた移民労働者」です。そのヒロイン役に設定されたアニメオリジナルキャラクターであるホワイトは「家族という(かくもいとおしい)鎖に縛られたゴースト=都市の歴史・土着性そのもの」といえます。この設定の意味は、本放送から5年経った今だからこそ重みを増しているのではないでしょうか。

今思い返しても笑ってしまうけれど、「原作通りではない」ということは、アニメ視聴者から嫌悪され、石や矢を投げつけられるいわばスティグマでありました。

しかし、松本理恵監督や川村元気プロデューサーはそのスティグマを背負う覚悟を決め、痛快娯楽活劇である原作から「まだ実感は湧かないけれども、いずれすぐに私たちの生活裡にダイレクトでつながりうるテーマ」を浮かび上がらせました。本作に携わった川村元気プロデューサーが『天気の子』という怪作にたどり着くまでにこの作品に関わっていたことは、頭の片隅に入れておいたほうがいいでしょう。

後悔は続き、繰り返す、だけど「光に向かって一歩でも進もうとしている限り、キミの魂が真に敗北する事など断じて無い」。愛する人に今生の別れを告げて、世界=『都市』を守りとおしたエトランジェ。ラストシーンで抱えた痛みに耐えられず心のままに泣きじゃくるレオナルド・ウォッチは、2010年代の狂乱を謳歌して、2020年代の荒野を生きることになる私たちのヒーローです。


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