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夏のテーマソング








自分をドラマの主人公に例えるなら






俺の夏のテーマソングは、Official髭男dismの『pretender』あたりが無難か


結末の分かっている戦いに敗れ、

帰り道にはこの曲を聞きながら、きっと1人で苦い思い出を舐めるのだろう


一縷の望みに託した、3年連続3回目の終業式の日の告白


それはもはや、俺と遠藤にとって甲子園のように、夏の風物詩になっていた


屋上の風にそっとなびいた遠藤の髪も


真っ直ぐに俺の告白を最後まで聞いてくれる澄んだ瞳も


そして、固く結んでいたはずの唇から外の世界に飛び出した言葉も──


゙…ごめんなさい゙

゙……今年も、ごめんなさい゙


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『……やっぱり、ごめんなさい』


高校の3年間で、ほぼ変わることなんてなかった



──グッバイ、君の運命の人は僕じゃない






なぜ、告白が毎回夏休み前の終業式か


れっきとした理由がある訳では無いが、強いていうなら゙俺の思う恋愛゙がそうだったから


大好きな人と、夏祭りに行きたい



それが、理想のデートで


その理想の相手は、少なくとも高校3年間では遠藤さくら以外には考えられなくて


夏祭り自体はクラスの仲良い男女グループで行こうと思えば、行けたのかもしれないけれど

それでもやっぱり、自分が好きな人以外見えなくなるのが思春期の男子


3年間これだけは譲れない、譲らない



…はずだった




俺にはもうひとつ、夏の風物詩がある


それは、夏祭り前日の夜に金川からお誘いの電話があること


9時を回った頃、毎年恒例の着信が入る



『やっほ、何してた』


「ドラマ見てたかな」


『へぇ、何観てたの』


「SUMMER NUDE」


『あー、懐かしい!!私も好き。夏になると、何か観たくなっちゃうよね。』


「うん、これ見ると夏だなって思う」


『…夏といえばですよ』


「うん」


俺の返事から、1拍空く


耳元のスマホの、その奥で金川が小さく息を吐いている音も3年連続、3回目




『明日さ、夏祭り…一緒に行きませんか!!』




言い終わった金川が、はぁっ…と安堵の声を漏らした


どうやら彼女には、もう気持ちを伝えること自体が最終ゴールになっているようで


俺の返事なんて決まっていると思ったのだろう



『…よし、今年も聞いてくれてありがとう…スッキリした。じゃあまた二学期ね』



「……待って!!」



電話を切ろうとする金川を呼び止めたのは


゙このまま、高校3年間の夏を終えていいのがという名残惜しさか


親友が適当に彼女を作って最後の夏を謳歌していることへの嫉妬心か


はたまた、偶然再放送で観ている月9ドラマで感傷的になったせいか



『…ん、どうしたのさ』



止めた手前、他に話したい話題があるわけでもなくて

でも゙やっぱり何でもない゙なんて、そんな言葉で最後の夏を終わらせるのも惜しくて



「…行こうか、明日…」



それは3年目にして、初出場の言葉だった






夏の陽射しは傾いて、直接焼けるような暑さは和らいだ午後6時


それでも待ち合わせ場所の神社の前で待っているだけで、じんわりと額には汗が滲む


Tシャツが体に張りついて気持ち悪く、ここから人混みの熱気の中に入ることは少し億劫だ


これから足を踏み入れる出店の群衆を見て苦々しい気持ちでいると、フワッと俺の視界が華やいだ



『ごめんっ…遅れました!!待った?』


「ううん…てか…」


走って目の前に現れた金川


いつも下ろしている髪を結い、髪飾りを着け、爽やかなブルーの浴衣に身を包む

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それに対して俺はTシャツに短パン、前髪が汗でへばりつくのが嫌で軽くワックスで上げている



──やってしまった


自分の失態に、チクリと心が痛んだ



もし俺が3年越しに念願叶って遠藤と夏祭りに来られたなら

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どれだけ相手のことを想いながら、準備に時間をかけるか



想像すればすぐに分かることだった



そして、相手との温度差に敏感になることも




『どしたの?…あ、遅れたから…怒ってます…か?』


「うぅん…すごく浴衣似合ってて…可愛なって…」



何かを取り繕うようなお世辞が口をつく



可愛い、純粋にその感情だけではなく
申し訳なさを含んだ邪なその言葉



けれど



『……ありがと…』

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純粋な気持ちではにかんだ金川の笑顔に


一層俺の心は、切なく、締め付けられた



その想いは、純粋な金川の笑顔に触れるたび大きくなっていって──





『焼きそば、おいしいね!!半分食べる?』


「…あ、うん…ありがとう…」


『…紗耶が食べさせてあげよっか!!』


「え…」



『ほい』


焼きそばを箸ですくい、こっちに向けて来る


ここまでしてもらって拒否するのも失礼かと、口を開けて食べたら


『…おいしい?』


「うん…おいしい。ありがとう」


得意げな笑顔で、八重歯を見せる金川


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『…もう1回やらせて…』


「…い、いいけど…」


そう言いながら、悔しさのあまり涙を目に一杯浮かべてポイを握って


『…やった…!!』


数百円を3度消費し、ようやく捕まえた金魚

あまりの負けず嫌いさに、苦笑いした金魚すくいのおっちゃんが1匹サービスしてくれて


『…見てみて、可愛い!!』

「だね…2匹とも元気だ」


『…君たちは、夫婦なのかい?』


なんて真剣な眼差しで、袋の中を泳ぎ回る金魚を見つめる金川

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『うー…』


「大丈夫…?」


『んー…いったぁ…』


頭を抱えながら、顔を顰めて


「一気に食べるからそんなことになるんだよ」


『だって美味しそうだったんだもん…』


「どうすんの…」



『…これもうあげる…』




なんて、食べかけのかき氷を俺に押し付けてきて

ストローをカットしたスプーンもひとつしか無くて


しぶしぶ心を無にして、変なことを考えずにかき氷を処理してるのに



『……』


何故か無言で顔を赤くする金川

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ただ、俺と過ごす──



たったそれだけの事なのに、その全てを全力で味わい


記憶を1つ、また1つと目に焼き付けて



まるで世界で一番幸せな人間かのような、眩い笑顔を見せる彼女に



グランドフィナーレの花火を待たずして、俺の心は罪悪感で土砂崩れを起こしてしまった





『そろそろ花火だね。ねぇねぇ私ね、めっちゃ綺麗に見えるところ調べてきた!!』



跳ねている金川の心を表すかのように、カッカッ…と下駄の音が響く



反対に俺のスニーカーの音はいつしかミュート


三歩先にいた金川が気づき、足を止めて振り返る



『…早く、始まっちゃうよ?』



「…ごめん。俺…やっぱり金川とは花火見れない」


一瞬、金川の瞳が揺らいだ

それでもすぐに優しい眼差しに戻った彼女は、三歩歩みを戻して俺の前に立つ



『…どうして?』



「やっぱり金川に悪いよ。…期待させるようなことして、でも俺はまだ遠藤のこと…」



『…吹っ切れてないんだよね』



「うん…だから、こんな状態で金川と…」






『いいよ』







俺の言葉を遮った金川には、悲壮感や怒りなんてものは一切感じられなくて



「…え」


『むしろ、さくのこと割り切れてないなんて分かってる。それでもいいの。だから申し訳ないなんて思わないで』



「……」



『…ただ一緒に花火を見て、綺麗だなって思っててほしい…それだけで満足なんだ』



語りかけてくる金川の表情は、一切見栄を張っているわけでもない


本気で、心の底からそう思ってくれてるのが伝わった


だからこそ、より一層、金川の言葉は俺の胸に熱い何かをジュワリと突き刺す








『…だからお願い、この花火だけは、紗耶と一緒に見てください』











真っ暗な夜空に、スーッと一筋の淡い光が上がり



ヒュルルッ…という小気味いい音の後



遅れてやってきた破裂音、そして空に鮮やかな華が開いた


何輪もの華が、パンっ…パンっ…という音と共に描かかれる



華開いては、淡く、光の粒になり



また、華開いては、光の粒になる



それはあまりに幻想的で、美しい時間で



ずっと待ち焦がれていた憧れの夢の瞬間に、



俺は先程まで抱いていた遠藤への思いや、金川への申し訳なさを考える余白がないほど



「綺麗だ…」




そんな感想だけが、頭の中を支配していた





暗闇の中、俺は花火が咲いた瞬間に照らされる横顔を見つめる




『…うん、凄く綺麗…私、今日のこと絶対に忘れない… 』



数多の色の光に照らされた金川の横顔に心の中を透かされ、もう1度俺は素直に゙同じ言葉゙を呟いていた







それから、1時間もの間




俺らは言葉を交わすこともなく、ただそばで夜空に打ち上がる花火を心に焼き付けて





場内に、次が最後の花火だと知らせるアナウンスが響く





『もう最後か…』



「…だね」



『あのね』



「うん」










『……今まで好きで居て、本当に良かった。…本当に、ありがとう…これで紗耶も諦められるよ…』







俺の目に焼き付くのは、最後の花火ではなく、そっと涙を流した金川の横顔







そして──




゙北海道出身の、金川 紗耶です!!゙





゙騎馬戦、めちゃかっこよかったね!!゙




゙これ、義理じゃなくて本命だから!!゙





゙今年も同じクラスじゃん!!いぇい!!゙





゙またさくに振られたの…?゙






゙学祭一緒に回ろうよ!!゙







゙どうして紗耶じゃダメなの…゙







゙…なっ…夏祭り、一緒に行ってください!!゙

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色んな想い出が、パレットの上で混ぜられた絵の具のようにぐちゃぐちゃになって



この想い出は何色か、と聞かれても答えられないけれど





「…金川…!!」




じゃあこの想い出のテーマソングは何か





その問いには、何故か答えられる気がした──












蒸し暑い午後6時、今年もTシャツはまた体に張りついて不快だ





「…ったく。時間すぎてるよ」




『…ごめん…お待たせ!!』



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浴衣を身にまとった紗耶が、俺の視界を明るくする




「…2年連続な。」





『まぁまぁ…細かいこと気にしないの。てか浴衣、めっちゃ似合うね…!!』



「ありがとう、紗耶もね。」



『へへ…あ、なに聞いてたの』




紗耶が、俺のイヤホンを取り耳につける




「…うーん、俺の夏のテーマソングかな」



『…えぇ、これ?夏っぽくなくない?』




そう言って、また八重歯を見せる




「いいんだよ…俺の、だからさ」




『そっか』





互いを結ぶものをイヤホンから手に変えると、俺たちは人混みの中に溶けていった










──ダーリン ダーリン




いろんな角度から君を見てきた




そのどれもが素晴らしくて




僕は愛を思い知るんだ──




──ダーリン ダーリン Oh,my daring





狂おしく鮮明に




僕の記憶を埋め尽くす



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ダーリン ダーリン──




fin.



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