パソコン前に座ってるより歩いてる方が考えってやりやすいよね

↑これ日本語合ってる?「考え」が「やりやすい」?まあでも私の体感の語感なもんで・・・


歩いてるときとか、風呂の中とか、そっちの方が何か考えるの向いてる気がする。ええんか悪いんか知らんけど。


風呂の時間が長いので、よく風呂の中でもの考えてる。

最近はようやっと自分の体を労わるというか、メンテナンスをし始めたので、より風呂タイムが長い。

ものは考えてるけど身の無いことばっかり考えてるけど。


時により嫌なことがあったり、されたりした日はそのことばっかり思考が走ってしまう。

どうしてりゃ回避できたかなとか、あそこでこの人がこっそり聞いてたら良かったのにとか、咄嗟にこう言い返せればよかったのにとか、

どうしようもない、益体もない、意味のないことを。

一番酷いときは車突っ込めばよかったのにとか。そういう。


すっぽんぽんで何考えとんねん。


でも風呂って外部からの情報(テレビとか映像・音とか)がなくて、まるっきり「一人」になれる空間やからやってしまう。

一人大好きなんよな。


マイナスな事考えて、自分になんの利益もなく、気が晴れるわけでもなく、でもやってしまうんは一体何なんやろう。

べつに答えが欲しいわけではない。

心理学とかで自分を紐解いてしまうと余計自分を責めたり、知識で雁字搦めになりような勝手な予感があるから、ほんまに何でなんか知りたいとかではない。

たぶん永遠にずーっとぐるぐるしてたいんやろうと感じる。

しんどいけど。


しんどいけど、たぶん人間しんどくなくなったら終わりなんやろなと、漠然と思ってる。

完璧な幸福なんぞ無い。


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