「そこ」
おばあちゃんがこの世を去ってから半年くらいたった
死んだらそこで終わりなんかじゃないという気持ちがどんどん強くなっていく.
おばあちゃんは確かに亡くなってもう肉体はないのだけど、
おばあちゃんから譲り受けた腕時計やサングラスやスカーフなんかを身に着けていると
不思議と、おばあちゃんが「そこ」にいてくれている気がする.
「そこ」というのは具体的な場所のことじゃない.
一人で部屋にいるとたまに甘い香りがした.
きれいに咲いている花に顔を近づけたときや、よいお香をたいた時なんかにする匂いだ
肉体がなくなってしまうとこの世で誰かを抱きしめたり声を発して愛を伝えたり
美味しいものを食べたり風を頬で感じたり、そういうことができなくなる.
そういうものを「すべて」とするなら確かに「死んだらすべて終わり」なんだけど.
甘いにおいのことやほっと心に灯るあたたかい何か、おばあちゃんの写真を見たとき湧き上がる心、自分が愛されていたという事実、そういうものすべてがいまだ私を取り巻いているのを感じるときおばあちゃんは確かにそこにいて、すべてがなくなってしまったわけじゃないと強く思うのだ.
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