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そもそも車自体ないほうがいい

 深夜、横断歩道を渡る際に車が来ていないことを確認したうえで赤信号を無視して渡ったのだが、少し細かく記述しようと思う。なんでそんなことするのと聞かれればまあまあまあね、とニヤニヤするほかない。

 周りには私のほかに中高年の女性、死神のような猫背の男性、白髪で身体の大きい男性がおり、アクションRPGなら死神を選ぶ(投げナイフと鎌)わけだがその時は私を含めみんな自転車に乗っていた。本稿では私と彼らをチームと呼ぶ。横断歩道の信号は押しボタン式で、この押しボタンというやつは交通マナーの感覚的な部分を刺激するまったく困ったもので、一度押せばわりと即座に信号が切り替わるために、自動車は押されることに内心ヒヤヒヤしているのではないかと思う。私は自動車免許を持っていないので憶測でしか言えないが、車を運転してる時に今まさにボタンを押そうとする歩行者を見つけたら舌打ちして意味なくラジオの音量を上げると思う。押す側としてはそんな気持ちもわかる(憶測だが)ので、ボタンを押すことに優しさに似た感情由来の煩わしさがある。

 我々自転車チームは赤信号の横断歩道の前に集まり、しかしその集まり方というのも私含め全員なんというか下手で、押しボタンから少しだけ離れたところで完全に静止した自転車に跨っている。ハラスメント気質の管理職なんかがいたら我々を指して「バイトの奴ら全員ぼけーっとつっ立ってやがる」と表現すると思う。ボタンを押せばすぐに青信号になるとはいえ、ペダルを漕ぐほどでもないその微妙な位置に移動することがみんな億劫になっている。ペダルを漕いでここまで来たのに。普段動かしている身体の動作に気力の消費が必要な気がしてしまって全員うつ病みたいになってしまっている。誰かが自転車に跨ったまま両足で地面を蹴ってボタンを押せば事足りるのだが誰もやらない。なぜならみんなが、微妙な場所に自転車をとめてしまった現状に水のような不定形の怒りを抱えているから。そんなわけで我々チームは赤信号の横断歩道を一斉に渡った。車は前後左右まったく走っていない。誰からというわけでもなく、意思の疎通は確実に済んでいるわけだしあとはただ言葉も交わさない渡ろっか?の雰囲気だけだ。エッチな話だがキスのようだ。チームのみんなはわからないが、私は赤信号だから渡ったような気もしている。どんな形であれ人と心が通じ合うことはそれ自体に快感がある。少ない街灯の下をあくまで1人で走るチームはいずれ分かれ道にさしかかってそれぞれの道を選択する。黒い服を着た死神は変なタイミングで立ち漕ぎをして減速せず角を曲がって去っていって最悪だった。ちなみにこの日記は交通ルールの違反を推奨するものでは断じてない。

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