【読書メモ】松倉昂平氏「福井県北潟方言の後部3拍複合名詞のアクセント」

暑い日々が続いている。ここのところ雑事に忙殺されていて学術書や論文を読む精神的余裕がなかったが、なんとかかんとか一段落ついたかなという昨日27日、ちょうど『日本語の研究』第15巻2号が届いた。見ると、松倉昂平氏の「福井県北潟方言の後部3拍複合名詞のアクセント」という論文が載っていたので久々にのんびりと論文を読むことにした。

日本語アクセント研究の最も面白いところの一つは、文献研究から得られる情報と方言研究から得られる情報とが一つの壮大なストーリーを紡ぎ出すというところにある。時代も地域も違う複数のアクセント体系がリンクしているのを見るのは非常に楽しい。そういう意味でこの論文は爽快だ。

概要

重要なところを色々端折ることになるが、核心部分をまとめてみる。

福井県北潟(きたがた)方言は次のような3型アクセント体系である(B型は語頭隆起がなくても可)。

A [蚊]] [ハ]コ [クル]マ [カミナ]リ [ホシアカ]リ
B [[葉 ヤ[[マ [ナ]ミ[ダ [アサ]ガ[オ [イナ]ビカ[リ
C [芽 [フネ [ネズミ [アマザケ [イトグルマ

2拍名詞の類別は次のとおりである。

1類=A型
2・3類=B型
4・5類=C型

2+3拍の複合名詞は一般に前部要素の型になる(式保存)傾向がある。だが、前部要素がC型の場合に複合名詞がB型になる例が少なくないなど、この傾向から外れる例も多い。なぜだろうか。

高知市方言では式保存(前部要素の式が複合語の式として受け継がれる)が成立する。しかし、前部要素が(北潟方言のC型に対応する)4・5類の場合、式保存の例外が多い。しかもその複合名詞のアクセント型は興味深いことに、北潟方言のB型に対応する型なのだ。

院政・鎌倉期の京都方言には、前部要素の式がそのまま複合語の式になるという式保存が成立していた。だが、室町期の体系変化(eg. *イナビ[カ]リ > *[イナ]ビカリ)の結果、近世京都方言や現代高知市方言では、次のように式保存が成立しなくなった。

*イ[ネ→*イナビ[カ]リ > *イ[ネ→*[イナ]ビカリ

北潟方言のC型の[イネ(4類)は*イ[ネからの規則的な変化の結果であり、B型の[イナ]ビカ[リは*[イナ]ビカリからの規則的な変化の結果なのである。かくして北潟方言では、前部要素がC型の場合に複合名詞がB型になる例が多く生じることになった。

感想ないし余談

探偵小説のような痛快な謎解きだが、全ての謎が解けたわけではない。北潟方言の複合名詞には後部要素によってアクセントが決まるようなもの(例えば後部要素が「柱」の複合語はA型になる)もあるそうで、なぜこうしたことが起こるのか気になる。そういえばこの現象に関連する話は少しだけ松倉氏から直接聞いたことがある。今後の研究が期待される。

ところで小さな点だが、中央式諸方言と北潟方言のこれらの対応から「両者の系統分岐はおよそ室町期以後である」(p. 47)とするのにはちょっと問題があるかもしれない。なぜなら、京都におけるこの改新が南北朝時代か室町時代ごろだということは文献から分かるが、たとえば「実はもっと早くに別の地域でこの変化が起きていて、それが京都方言に伝播した」というようなルートもありうるからだ。北潟方言に完全な下降として受け継がれることになる半下降が、はたして室町時代の京都方言にあったであろうか……? もっとも恐らく松倉氏もこうした点は百も承知の上で、無意味に問題を複雑にしないように「およそ」と断ってこうした書き方をしているのだろう。

ともあれ、福井県の3型アクセントにおける複合名詞の不規則性が、文献によって知られる現象や高知市方言のような離れた地域の現象によって説明されるというのは、日本語アクセント研究の面白さの典型例だと思う。

書誌情報

松倉昂平(2019)「福井県北潟方言の後部3拍複合名詞のアクセント――「式保存」が成り立たない共時的・通時的背景――」『日本語の研究』(15-2)日本語学会pp. 35-51

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