天才数学者アラン·チューリングの悲しみ
エモの研究 その4
まとめ:悲しみの正体とは「物事が失われたときに感じる感情」というのが、僕の仮説です。正確に書くと、「モノ·コトへの期待値に対する負のフィードバック」になる(なるはず)。
今日は、全然エモくない、超合理主義な科学者の悲しみ、を考えてみます。
●天才科学者が大号泣するとき
「イミテーションゲーム」は、ベネディクト·カンバーバッチ演じる、アラン·チューリングが主人公の映画です。
実話ベースで、第2次大戦中にドイツ軍が誇った暗号装置「エニグマ」の解読をどのようにやってのけたのかが描かれる。
アラン·チューリングは、コンピューターの基礎をつくった天才数学者であり科学者です。
僕は大学の学科がコンピューター(情報)なんですけど、アラン·チューリングのことは1年目で習います。大天才であるだけでなく、偉業を成し遂げながらも、悲劇的な運命をたどるその人生は、Wikipediaを読んで見るだけでもおもしろいです。
そんな彼は、天才中の天才なんだけれど、コミュ障というか、超変わり者として描かれます。伝記ベースですから、実際そうであったことは想像に難くない。
みなと全然共感しないし、同調しないんですよね。
ちょっと知的に笑ったりするぐらいで、基本真顔。全然エモくない。
そんな彼がボロッボロに泣きじゃくるシーンがあります。
そんなアラン·チューリングの悲しみを、仮説にのっとって絵解きしてみます。
●【ネタバレ含む!】超絶合理的で冷酷な決断
まず前段から。
物語の終盤、チューリングたちはドイツ軍の暗号をついに解き明かし、歓喜につつまれます。
解読した通信から、明日にも同僚のピーターの兄が乗っている船団が、ドイツ軍のUボート(潜水艦)に攻撃され、撃沈するであろうことがわかります。
解読した情報を報せようとするピーターを、チューリングは制止します。
なぜか。
暗号が解読されたことをドイツ軍が知ったら、別の暗号に変えてくる可能性が高いからです。それではせっかく2年書けて解読したのに、またいたちごっこ。
なので、暗号を解いたことをバレないように利用するべきだと。
正しい。最速で戦争に勝つためには、彼の判断のほうが合理的です。
でも、兄を失わんとするピーターは彼の冷徹さに言葉を失います。
悲しみの仮説にのっとって考えれば、これがピーターにとって、いかに残酷なことかわかるでしょう。
このときの彼の悲しみは、単に兄が死ぬ以上のものです。
兄も軍人。死に瀕する覚悟を持って戦地にいる。
でも、暗号を解読した今、兄の命を救える。2年間を費やした自分たちの必死の頑張りで。
同じ兄を失うでも、単に戦死したほうが、よっぽど辛くなかったでしょう。
自分が救えるという期待がある状況で、見殺しにするなんて。
悲しみは余計に大きいはずです。
●天才的な合理主義者の深い悲しみとは
一番若い同僚ピーターに、肉親を見殺しにさせる。
そんな超合理的なチューリングが、キーラ·ナイトレイ演ずるクラーク(ヒロイン的な立ち位置)に対し、ボロボロに大泣きするシーンがあります。
チューリング「君はすべてを手に入れたね、仕事、夫、普通の生活……」クラーク「今朝私は
消滅したかもしれない街の電車に乗った
あなたが救った街よ
死んでいたかもしれない男から切符を買った
あなたが救った人よ
仕事に必要な研究資料を読んだわ
あなたがその基礎を築いたのよ
あなたが普通を望んでも、私は絶対にお断り
あなたが普通じゃないから、世界はこんなにすばらしい」
チューリング「本当にそう思う?」
クラーク「わたしはこう思う
時として誰も想像しないような人物が
想像できない偉業を成し遂げるのよ」
戦時中、秘密裏の任務だったため、彼の偉業を誰も知る人がいない状況で、
クラークは最大限の賛辞を送ります。
しかし、そんなクラークに対してチューリングはこう言います。
チューリング「君の助けは必要ない」
クラーク「独りで耐えないで」
チューリング「独りじゃない
今まで一度も。
クリストファーは実に賢くなった」
この「クリストファー」とは自宅で開発しているマシンの名前であり、
中学の同級生で暗号のおもしろさを教えてくれた親友の名前です。
(おそらく同性愛として初恋の相手)
でも、それだけではありません。
なぜなら、彼は「今まで一度も」と話しています。
つまり「クリストファー」とは物心ついたときから、ずっと夢中になってきた「美しい数学の世界」そのものを示しています。
しかし、その後、彼は大号泣します。
クラークはチューリングの心を落ち着かせるために、クロスワードパズルを勧めます。
しかし、彼は解けない。
大天才が、日課としていたクロスワードパズルすら解けない。
薬の影響です。
同性愛者として当局からわいせつ罪に問われ、刑務所にいれられるか、ホルモン剤の治療かを迫られ、その薬の影響で、パズルすら解けなくなっていました。
つまり、チューリングはクリストファー(美しい数学の世界)に触れることすらできなくなっていたのです。
彼が唯一この世界で期待する、失いたくないものを失いかけている。
その悲しみに、慟哭していたのです。
そして、このようなテロップが入ります。
1年間の強制ホルモン投与の末、41歳で自殺した
もっとも、この映画は、アンドリュー·ホッジスによる伝記『Alan Turing: The Enigma』を基に脚本家のグレアム·ムーアが執筆したもの。
(本作で、アカデミー脚色賞を受賞しています)
なので、演出はたっぷりはいっていると思うので、実地の仮説検証ではないんですが、もしかしたら前回、悲しいという感情をあまり感じないとおっしゃってた科学者の石川善樹さんも、自分の頭の中にあるものだけは、自分のものだと期待しているんじゃないかなと連想したのでした。
次回は、なぜ悲しみというしんどい感情があるのかなどを考えてみます。
ちなみに
映画のタイトル、イミテーションゲームとは、チューリングテストのことです。
コンピューターの基礎をつくったチューリングが発案した、人間と人工知能を会話だけで判別できるか試すテスト。
高性能のマシンのような明晰な頭脳を持つチューリングが、実に人間的な感情を見せ、自死にいたるという筋書きが非常に示唆的です。
人工知能が感情を理解した時、自死を選ぶことができるのか、興味深いです。
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