見出し画像

記録#2(完結編) 東京へ

お世話になっております。the purpurinのフロントマン、んじと申します。

この記事は完結編です。前回は→こちら

長々と我々the purpurinが初めて東京に来た際のことを話して来ましたが、そのお話もこれで最後です。
全部しっかり読んでくれた人も、飛び飛びで読んでくれた人も、後で読もうと思ってくれてる人も、ありがとうございますね。

読み辛すぎるくらい書いたな。数年後とかに読み返したりするんだろうなあ。ここは俺らにとっての分岐点ですからね。リアルタイムで追ってくれてる人は、俺らこれから面白いことになるだろうから、見届けてくれたら嬉しい。

そして俺らの歴史をここに書き残している訳ですから、未来の皆様も、とくとご覧あれ、ですよ。
つまるところは、そっちのthe purpurinの幼少期みたいな感じですね。幼い俺らを見ていってくれ。

本編始まります

ヤケにドラマチックな感じで書いたけど、ライブ終わってからの俺らはほぼ東京を観光しているだけです!騙すつもりはなかったんです。ごめんなさい。まーちゃん。ごめんね。
今からは東京初ライブが終わって、東京の空気を掴んでいく俺らの話です。それでは行ってみよう。

3日目:中目黒だの高円寺だの

東京に来て3日目の朝。
ライブが終わり、当たり前のようにいおんさん宅に帰宅。俺らと石ツさんで6時までアツい話をした後、少しばかり睡眠。
石ツさんに起こされ、11時起床。いおんさんは既に居なくなっている。
タバコ吸うだかなんだかして石ツさんは帰宅。今度は石ツさんの家に泊まらせてもらうことを約束。手を振る。

そしていおんさん宅にはthe purpurinが残る。
昼前だっていうのに、ヨギボー(いおんさんが俺らに用意してくれました。優しすぎる)の上でくたばっている駒澤を起こし、東京に行く前に計画していた"ある場所"に行くために中目黒に出かけたり、渋谷に行ってでかいタワレコを見たりした。
渋谷のハチ公前ではYouTuberが動画を撮ってたり、ZIPのインタビュー奴、バズリズムのインタビュー受けてくれる奴を待ち奴などが居て、ウザくて一瞬で嫌いになった。

十分に遊んで、いおんさん宅に帰る。ここいらで、駒澤は東京の友達とご飯を食べに行くため家を出る。
いおんさん宅に俺が1人。いおんさんの行方は知らないため、ボーッとする。
そして夜。玄関のドアが開く音で目が覚める。気付いたら寝ていて、寝起き俺にいおんさんが近づく。
回りきらない頭と霞んだ声で「おかえりなさい……!」
洗濯機を回し、俺らが前日に着た服なども洗ってもらう。洗濯が終わるまでいおんさんと話して、終わると「折角だし」と、いおんさんに東京を教えてもらうことに。
そうです。俺は東京に行くことが決まってから、これをずっと楽しみにしていたのです。
色々あったが、いおんさんと高円寺へ。割愛した部分は俺の脳の良いとこで大事に保管しておこうと思います。

いおんさんが高円寺の焼肉屋に連れて行ってくれて、1,2時間ほど話す。めちゃ高かったのに全部ご馳走してもらいました。カッコ良すぎる。
色んな話をしてもらったけど、ここで一つ、決意をする。それは後ほど。

焼肉屋を出て家に帰っていると、どうやら見慣れた姿が。駒澤。
なんか色々言っている。鍵をなくした?ん……?
そう。おそらく駒澤の方が先に帰ってくるだろうと、いおんさんから頂いた家の鍵を駒澤に渡していたのだが、どうやら「ライフのトイレに鍵を流した」と言っている。マジ?嘘でしょうが。

こいつは、そういう奴である。しかもそれだけではない。
子曰く
「ライフのトイレに鍵を流し、お詫びにコンビニで2つアイスを買うつもりだったが、店員さんの不手際で1つしか買えなかった。」

あまりにもオチが変化球すぎる。いおんさんが俺らが東京に来てから一番ウケていた。

そんなこともあり、その後は家でのんびり話しながら寝た。なぜか駒澤といおんさんが生レスバトルをしていて、駒澤が勝っていた。鍵は駒澤のズボンのポケットに入っていた。

4日目:そして、さようなら

いよいよ東京最終日。あっという間だった。
思えばここまで長く東京に滞在するのは人生で初めてだ。東京の空気にも、乗り換えにも、なんとなく慣れた。

目覚めたらまたもや12時を過ぎていて、いおんさんも居ない。
昨日と同じように駒澤を起こし、飯を食いに行こうとご飯屋を探して、東京にしかない中華チェーン「日高屋」を歩いて行けなくもない距離に発見。
過去に一度、それも数年前に東京に来た際に訪れたことを覚えていて、大阪では考えられないほど安い飯が食えたことも覚えていた。

駒澤が日高屋に賛成し、大阪にない店で「折角東京来たのにチェーン店は……。」ともならないので向かう。実は東京に来てから駒澤と店で飯を食うのはここで初めてだった。
ラーメンが390円とかいうコンビニでももうちょい高い値段設定で、日高屋が大好きになり、また一つ決意する。

日高屋を出て、雑貨屋があるんだと駒澤の提案を聞き高円寺へ。高円寺の空気を感じ、無事雑貨屋で買い物をする。歩いて帰る頃には日暮。
また当たり前のようにいおんさん宅に帰る。家に置かせてもらっていた荷物をまとめ、いおんさんの帰りを待ちながら、駒澤と話す。

そう。決意がなんだと何度も書いたが、俺らは東京をえらく気に入ってしまった。
突然だが、しばらく準備をして、the purpurinは東京へ越そうと思う。かっこつけて言うと、上京する。
早くね?もこの時点で?もない。行けるときに行っておかなければ行けなくなってしまうことを知っている。少し時間はかかるが、早くて来年には行くと思う。

そんなことを話した。ていうか、東京にいるときはしょっちゅう話していた。いおんさんにもアドバイスをもらった。
するといおんさんが帰ってきて、俺らはもう帰らなきゃいけないんだと実感が湧いてくる。

またお話しをしながら、夜行バスの時間に間に合わせるためコンビニに飯を買いに行く。これもいおんさんのご馳走。ありがとうございます。
テレビを見ながらお喋りをしていると、夜行バスの時間から逆算して、あと数分で家を出なければいけない時間になった。名残惜しすぎる。また来させて下さい。

いおんさんがバス停まで送ってくれて、大荷物を抱えてバスに乗る。ここでいおんさんとはもうお別れ。少なくとも数ヶ月は会えない。
寂しいけど発車する。いおんさんが両手で手を振ってくれて、夢みたいだと思った。

夜行バス乗り場に着き、バスを降りようとすると、女性の運転手さんがゆっくりでいいからね!と優しく言ってくださった。
書かなかったが、こういうことが割とあって、東京にも温かい人は居るし、大阪にはあまりないコミュニケーションだと思った。これも東京へ越そうと決めた一つの理由だ。
今から大阪に帰るんですよ〜。と言うと気を付けてね!と言ってくださり、感謝の気持ちを抱え降車。敬礼をしながらバスを見送る。あの人にいいことがあったら良いな。

時間が来て夜行バスに乗る。いよいよもう東京もお別れ。また来るよ。ありがとう。みんな本当にありがとう。

バスが動き出し、これからのことを考える。東京遠征の記録をとnoteを書き出し、それにも飽き、バスが暗くなる。
おやすみなさい。いおんさんにメッセージを送ったりして眠る。東京が離れていく。

5日目:東京→大阪

目が覚めると朝の6時で、既に大阪の吹田市辺りだった。遂に東京へ行っていたことを証明するものが、この仰々しいバスに乗っていることのみになってしまった。

また浅い眠りを繰り返し、梅田に到着。コンビニに入り、日高屋より高い朝ごはんを買ってイートインへ。そして電車に乗り、家へと帰った。

"the purpurinの環状線周回ツアー"も、俺らの初東京遠征も、終わった。バンドにとって、これは欠かせない思い出の上に立っていることをなんとなく理解する。
ありがとう。それしか言う言葉が見つからない。

生活はまだまだ続く。こんなnoteを書いている今日も、14時からバイトに行く。産まれ育った大阪で今日も暮らす。バンドはまだまだ売れないけど、こんな経験を繰り返して、俺らは大人になっていくよ。
また良い曲を作って、発表して、バンドを続けていく。それだけなのだ。俺らは。

もっともっとthe purpurinを良いバンドにできる自信がある。これは駒澤も同じ気持ちだと知っている。不甲斐なくても、ダサくても、俺らは進んでいくから、見ていてくれたら嬉しい。
こんな拙いnoteを最後まで読んでくれてありがとう。また会おう。それでは。

↑長々と泊めてくれたいおんさん及びリリースツアー東京編に出てくれた極東飯店の2023/5/31にリリースされたばかりの新曲。Bメロ→サビの流れが好きだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?