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「まだ間に合う」、ニジトがやりたいことで生きると決意するまでの話

初めまして!ニジトといいます。

突然ですが「本当にこのままの生き方でいいのかなぁ…」って思ったことありませんか?

今の生き方に満足している!!、、、、、なーんて人は少数派なんじゃないかなと思っています。

というのも今って生き方の選択肢が本っっっ当に広がっているのに実際には大半の人がサラリーマンとして毎日働いているし、自分のやりたいことが何なのかもわからないまま生きるためにただ働いているという人がほとんどなのではないでしょうか。

わざわざ僕の自己紹介を見に来てくれた方の中には昔の僕のようにこのままなんとなく働いていくことに疑問を持つ人も少なくないと思います。

その疑問は絶対に正しいです。

何故ならあなたの心はとっても正直だから。


僕たちは自分の心で思ったことをどうしても「そんなことはできない」「現実的じゃない」と頭でフタをしてしまいます。

でも、もし自分が本当に理想とする生活が手に入れられるとしたら?

1年後、2年後の自分が生き生きとやりたいことで働いて、自分や大切な人幸せにできたなら?

それをできないと決め付けて何もしないのはもったいなさすぎますよね。


今からお話するの僕がこのままサラリーマンになって生きていいのかという葛藤を乗り越えて「夢を叶える!」と決心するまでのお話です。

マジで平凡な毎日を過ごしながらモヤモヤを持ち続けていたので、共感しながら読んでもらえるかなと思います。

では、はじまりはじまり。

幼少期~小学校高学年まで

僕は2002年に福岡県で生まれその後すぐ愛知県に引越し、専業主婦の母と工場勤務の父、二人の妹と一人の弟の兄として何不自由ない生活を送っていました。

ちょっとでしゃばりで授業中はずっと手を挙げてるくらい意見を言うのは好きだけど、人との関係が少し苦手で嫌なことを嫌と言い切れずいじめられていた、そんな子でした。

ゲームが好きでポケモンに没頭したり、狭く深い交友関係を築いた友人と遊んだり、音や匂いに敏感なインドア派だったので家にこもってゲームしたりゲームしたり宿題をサボったりゲームしたりして過ごす日々。

いじめがしんどくて学校を休んだり、胃腸炎になったりといったちょっと嫌な思い出も多かったですが、毎日遊ぶことしか考えていなかったのでこのときは将来のことなんて全く考えていませんでした。

そんな僕がどんな仕事をするかということを始めて意識することになったイベントがありました。

それが「2分の1成人式」。

10歳になる5年生の時に将来の自分に手紙を書いたり、両親に感謝しようみたいな学校行事があったんですね。

その中で「僕/私の将来の夢」というテーマで紙粘土で働いている自分を作って発表するっていう授業があったんですが、これがむちゃくちゃ難航しました。

というのもマジで将来の夢もやりたいこともなかったんです。

小学5年生なので周りの友達は野球選手やサッカー選手、学校の先生や飛行機乗りみたいなこと自由に将来の夢にしていたのですが、(自分で言うのも何ですが)妙なところで大人びたところのあった僕は

「そんなのなれるわけないじゃん」

と思っていました。

そこで初めて気がつきました。真面目に夢を持ったことないということに。

幼稚園の頃から「七夕の短冊に将来の夢を書きましょう」みたいな将来の夢を書くイベントは多々ありましたがいつも周りの子に合わせてサッカー選手とか野球選手とか書いてたんですね。

どうも将来の夢を考えることのできなかった自分、結局2分の1成人式では「サラリーマン」というある意味目立つ夢を発表することにしました(苦笑)

あの時の先生と周囲の何とも言えない顔を思い出しますが、それはさておきそんな将来の夢ややりたいことが小学生の時点で全くなかった僕にも「アレ」が訪れます。

そう、中学3年の進路選択です。

中学生、運命の進路選択

さて、少し話がそれますがここで一つお伝えしたいことがあって、それが愛知県の特色です。

みなさん知っての通り愛知県は某超大手自動車メーカー、○ヨタのお膝元。いたるところに工場があり、あっちを見てもト○タの子会社、こっちを見てもトヨ○の子会社みたいな地域なんですね。

当然工場で働く人が多く、とりあえず工場に就職したら大企業だから安定!最高!といった風潮がめちゃくちゃ強いです。

そんな地域で中学3年になった僕!やりたいことは特になし!やりたいことがある子でも工場行きを勧められるような地域!

まーどうなるか明白ですよねw案の定教師や父親は「工業高校行こうぜ!」と提案してくるわけです。

ここで初めて将来の仕事なんてどうでも良いと思っていた僕に

「え、、、工場で働くのは嫌、、」

という自分の仕事に対する意思が芽生えたのです。

工場で働くのが嫌というだけでなく、工業高校に行くような男子とは致命的に馬が合わなかったり、ただでさえ女子と喋ることほとんどないのに工業なんていったら一生彼女出来ないんじゃ…という青春を謳歌したいといった気持ちもありましたw

しかし、下に3人兄弟もいるので特にやりたいことも無しに普通科→大学に行くこともできないし、大学受験でまた勉強するのが嫌だったので就職と進学の両方を選べる商業科の高校を受験することにしました。

ほとんど勉強せずモンハンやポケモンを廃人のようにやりこんでいましたが、多少成績がよかったこともあり運良く高校に合格。

いよいよ自分の大きな転換期となる高校生活が始まりました。

高校生①、自分と人の強み

高校生になった僕は中学とは違った学校生活を送ろうと思い、目立つことが好きなこともあり演劇部に入りました。

所謂高校デビューというやつですね(汗)中学は科学部でグダグダ活動していましたがアクティブな演劇部に入ったことが自分に痛みと大きな成長を与えてくれました。

高校演劇をやる奴というのはやたら個性的な人が多く、我の強い子からほとんど喋らない子まで本当にバリエーションに富んでいて普通な奴が全くといっていいほどいませんでした。

(余談ですが自分含めほぼオタクでしたw他校も似たり寄ったりだったのは驚いた……)

そんな演劇部、舞台に立つキャスト(役者)だけでなく舞台照明や大道具、音響や監督といった各職に分かれて県の大会に向け一つの劇を作っていくのですがまー大変。

我の強い子が監督をやって喧嘩したり、大道具が暇でサボったり、キャストのセリフ覚えが難航したり、部内恋愛で三角関係不倫起こす奴が出てきたり(!)

普段は仲が良くても大会前の練習になるとそれぞれの個性がぶつかりあって衝突が絶えないんですよね。皆感情豊かなんです。

そんな演劇部の中で僕は相談役として話を聴いたり、説得したりすることが自然と多くなってました。

こうしたことから「少し遠くから物事をみることが得意」といった自分の個性や、誰にも長所短所があるということを理解することができたのは本当に良い経験ができたな、と感じています。

人生で初めてやり甲斐や人間関係の複雑さ、面白さを感じることができた高校生。

2年生の冬には進路選択が待ち受けていますが、その時僕は中学の頃から全く進歩していませんでした…………

高校生②、謎の進路選択と後悔

進路選択の時、僕には選択肢が2つしか見えてませんでした。

①やりたい仕事につくため専門学校、大学に進学する
②工場に就職する

この時僕はまだ自分のやりたいことがわかっていませんでした。むしろわかっていない「フリ」をしていたという方が正しいのかもしれません。

本当は「人の悩みを聞いてその人の力になれるようなアドバイスをしたりする仕事をしたいな」と思っていましたが、具体的にどんな仕事かと聞かれると自分でもわかりませんでした。

カウンセラーでもないだろうし、かといって思い当たるような仕事は知らないし……といった具合です。

工場では基本高卒を採用するので大卒よりも高卒で工場に入った方が年収が高くなることが多いというのが愛知県特有の現象があります。

父親はこのことを僕に強く主張し、絶対に工場に就職するべきだとよく言ったいました。

僕は「反論できるようなやりたいこともないし、お金もたくさんもらえるならそれでいいかな。ちょっと合わない気はするけどやってみたら意外と平気かも」と自分の本心にフタをして進路を就職に決めてしまいました。


3年の夏になると面接練習も本格的に始まり、今思えばパワハラ全開の担任と毎日朝早くに来て帰りに残って練習するという日々を続けていました。

面接の練習はめちゃくちゃ厳しくて、言葉に詰まったり担任の気に入らない回答するとものすごい責められるので毎日威圧されながら練習してました(汗

そんなある日担任にめちゃくちゃ怒鳴られました。

何が原因だったかはよく覚えてないんですけど、キレやすい先生だったので多分大したことないで噛み付いてきたんだと思います。

その時「ブツン」と何か切れた感じがして、色んな考えがブワーっと頭の中に流れてきました。

(このまま就職したらこういう嫌な年上とも無理やり付き合っていかなきゃいけないよな。)

(今は三年間耐え抜けば卒業してそこで終わりと思ってるけど就職したら定年まで終わらない、40年以上も自分が嫌だと思うところでモヤモヤ働き続けて本当にいいのか?)

(本当にそんな大人になっていいのか?俺の未来って楽しみがたくさんあって、色んな人に会ったり、色んな趣味を楽しんだり、好きな人とゆっくり過ごしたり、もっとキラキラしていると思っていたのにこのままじゃ、、、)

一度きりの俺の人生、本当にそれでいいのか?、、、、絶対に嫌だ!

その日、面接練習が終わってから本屋に行ったりパソコンでサラリーマンではない働き方を調べたりして【絶対に楽しくて自由でやりたいように挑戦する働き方をするんだ!!】と決意しました。

それまではサラリーマンしかないと思っていましたが、調べてみると面白いことに色んな働き方があって特に僕の目を惹いたのが「独立・起業をして生きている人は結構いる」ということでした。

それからはひとまず自分の夢を「会社で働かずに生きる」と決め好きなことで人の役に立ちお金を稼ぐという理想を叶えるべく、ブログを始めたり、本を読みまくったり、Twitterで発信したり、自己分析を本気で取り組んだりなどなどして今に至ります。

これは良い!という手応えを得たものもあれば全然上手く行かず逃げたりしたものもありますが、1年と少し前の自分からは成長できたのではないかな?と思います。

おわりに

ここまで見ていただき、本当にありがとうございます。

夢を叶えると息巻いた僕は、残念なことに今工場で働いており予想通りの嫌な仕事を耐える日々を送っています。正直自分が恥ずかしい……

とはいえ夢を諦めたわけではなく、今もこうしてパソコンでnoteを書いている僕は自分が何がしたいか悩んでいる人の手助けや、新しい習慣が身につかないという人にアドバイスをしたりしながら「たくさんの人が自分の能力(個性)を発揮できたらいいな」と考えています。

そのために人間関係でも、自分のこれからのことでも、HSPでもブログでも伝えてもらった悩みに対して僕ができるかぎりのサポートをして、その中で得たどうやったらより良い個性の発揮ができるかという経験を少しずつ積み上げ、いずれは一つの商品にしていこうと思っています。

そんな僕から、ここまで読んでくれた方に一つだけ小さなお願いです。

どんなことでも良いので今持っている悩みを僕に教えてください。

具体的な悩みじゃなくても良いので、友達に「なんかモヤモヤしてんだよねー」と相談するくらいの感覚でTwitterのDMに悩みを伝えて欲しいです。

何故こんなお願いをしたかというと、一人でも多くの人が個性を発揮できるようにしたいのに悩みを話してくれる人が全然いない!という悩みを僕が抱えているからです……w

当たり前ですがもちろんお金は取りませんし、相談された悩みは必ず秘密にします。

記事を読んだ感想とかでも大歓迎なのでぜひよろしくお願いします!!


ここまで読んでくださり本っ当にありがとうございました!


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