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痛みが推進力

 順調に回復しているように見えて、母の状態には波があります。回復の方向にむかってはいるものの、悪化することもあります。いい日と悪い日と。かなり大きな上下動。気分も大きく揺れますが、体調も日によって大きく揺れるのです。低気圧の影響をモロに受けるようでした。
 転倒からほぼ一ヶ月。その日は朝から雨。雨のせいで痛みがひどく、ほとんど歩けませんでした。日中のトイレにも、一度も行かずじまい。食事は三食いつも通り食べたのに、です。さすがに気になりましたが、母は別に行きたくないと平気な顔です。
 夕方になってトイレに行こうとしたのですが、今まで以上に歩行困難。ずっと同じ姿勢で座り続けたせいもあると思います。体重がかかると、こわばった膝関節が激痛になるのです。痛い、痛いと悲鳴をあげて大騒ぎ。夫とふたりで抱えるようにして歩きましたが、操り人形状態。足が前に出にくいのです。筋肉の衰えを感じました。
 車椅子なり歩行器なりが使えればいいのですが、実家は昔のままの古い作り。あちこちに段差が多くて、バリアフリーにするには全面改装するしかありません。車椅子はどう考えても無理なのです。
 歩けなくてもオムツにするのは絶対に嫌だから、なんとしてもトイレには行かなければならない。がんばって、がんばって、行きました。用を足した後も、いつもならドアの外で待っていればいいのですが、この時ばかりは立ち上がるのにも補助が必要。抱きかかえて立ち上がらせ、なんとかトイレから出たところで母が言いました。
「どうしたらええんかしら。もう施設に入るしかない」
これまでも散々施設をチラつかせましたが、この時ばかりは口調が違いました。母の本気を感じました。本気で施設に頼るしかないと思っている発言。その一言をとらえました。
「ほんならケアマネさんに連絡するよ」「そうして。それしかない。これでは無理や」
自宅では車椅子も歩行器も使えないこと、自宅で過ごすなら自分の足で歩くしかないことを誰よりも母自身が知っています。私の補佐があっても、もう自力では歩けない。だから施設にはいるしかない。痛みが推進力になり、母自身が自分でくだした決断でした。
 

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