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すべてを変えた あの日…(1)

8年…ずっと語れなかった

時が満ちたのだとおもう

焼き付いてこころから離れない記憶を残していこう

今だから分かる

私が 私達家族三人が生きていく起点はここにあったから

そしてあの日からのこころの旅の終着駅にたどり着いたから

彼の地で出会ったたくさんの生き続ける魂を宝物として抱いてきたから

誰かに 何かを 伝えることができるなら
ずっと彷徨ってきたこころを 書きとめておこう
瞬間に写し出された全てを 見つめていこう

生きることに真剣に向き合いたいから


ここから 新たな旅に向かうために…

words/Yukie Mizoe
photo/Shun Mizoe



~始発駅から~

使い古された表紙にはミツウロコのマークが入った青い紙テープが貼ってある。

気仙沼小学校そばの気仙沼公園の仮設住宅にいた漁業の仕事をしていたおじいちゃんが貼ってくれたものだ。

このノートには出会った方々から頂いた手紙や写真などが厚みのある束となって挟まれてゴムで巻いてある。

古い日記や写真のアルバムの間に紛れさせ目に入らないようにしていたこのノートを取り出した。

そこに数年間置いていても一度も気にならなかった。敢えてその存在を忘れさせようとした。それなのに今、掃除機を立て掛けた瞬間、背中が引かれる力を感じ気になって視線を送る。

あのノートだ…。

一度はそこを離れたが、気になった…

仕方がない。

この勘を見過ごすと他のことが上手く回らなくなるのを過去から体感していた。

「分かっているのに遠廻りをするの?」と

囁く声が上がってくる。

いつかは…来る、今来たのならどうする?

今見過ごしたらいつかはどんな風にやって来るのか?

ノートに背を向け問いかける。

ただ振り返り直視すればいいのだ。


覚悟を決めた。


何年ぶりだろう、息を吸って吐いて…。

よし!と身をただし、手紙や写真を一つ一つ目の前に広げてみた。

ノートを一枚一枚繰っていく。

どこで、どんな景色で一文字一文字を記していたのか、ペンを持って走り書きしている私がそこにいた。

インクの擦れや、なぐり書きした文字に視線を落としていくと…

急に私を取り巻く風景が変わり、その時へと戻っていった。

彼らたちと会話をしていた。

声が聞こえてくる。そして瞳が見えてきた。奥の奥まで見えてくるようだ。

彼らたちとあの時の風景の中にいた。


私ははっきり自宅の一室にいると分かっている。

大丈夫、私はここにちゃんといると感覚がある私もいる。


いつからかこのノートを隠すように仕舞い込んで、彼らたちのところへも距離があいたここ数年。

蓄えを全て注ぎ込んでしまって経済的に逼迫し会いに行けなくなったという事実はあるが…。

それだけではなかった。


あちらへ通うたびに彼らたちに会いに帰るのが故郷に帰ったみたいで純粋に嬉しかった。

故郷がない私にはここが親戚だらけの故郷に感じていた。

繕うこともなく素直な自分をあたたかく迎え入れてくれた。

ただ彼らたちに会いたかった。

そんな気持ちで帰っていたのに、記録をとっていくということをしている、もう一人の私がいた。

それはいつももう一人が必ず頭の上から覗いている。

そして言うのだ、

わたしがやっていることは誰のためにやっているの?

わたしのやっていることは誰かに褒めてもらったり賞賛されたいだけじゃない?

自分で満足してるだけでしょ?

そうやっていつも黒い覆いを被せてくるのだ。

もうやめて!何度そういい追い払っても追い払ってももう一人の私がいってくる。

 
写真展をした時も、それを持って募金活動した時も、その声によって、その自分からである声に怯えてその声を無視して知らぬ顔で生きているようで後ろめたかった。

彼らの本当の奥の奥のこころを掴めているのか。多くの人が亡くなっているのに、辛酸な生活を余儀なくされて懸命に生きているのに、私はこのままで生きていていいのか?


記録を残すために撮っているのに、それを伝えきれていない写真に何を残せているのだろうと夫は言葉にできない苦悩を理不尽に私に投げつけてくる。

お互いを傷付け合う言い争いを撮影から帰って来る度にしている。

写真を説明する言葉なんて言いたくなかった。言えば言うほど嘘をついているようで、写真を見れば見るほど嘘に見えてきて。

自分たちのこころは騙せないことをわかっていた。


その声と闘いながら別の私は、私達はとにかく眼に映るもの聞く言葉を肉体が何ものかにつき動かされるままに一心不乱に記録をとった。

それが当時の夫と私には精一杯だった。


そんなんじゃない!ってその声を打ち消しても、それ以上の言葉がずっとみつからないままだった。

そして…その声を聞くのが怖くなった。

自分が真っ二つに割られそうな上に、自分を見失いそうだった。

もうその声に抗う力がなくなった。

押し潰されてしまいそうなほど頻発してくるもう一人の私の声。

いっそその声に牛耳られたまま漆黒の穴にどこまでも落ちていってしまえばいい!と。


こんな私がまだ小学生の娘を育てていけるのか…でも、この子を育てなければ。

ぐるぐるとこころの中での会話は小さな切っ掛けから傷口をえぐり広げて途切れない日々…。


「彼らの分まで、生きたかった彼らの分まで必死に育てなければいけない。」

その言葉が巡って来たときに

その言葉にすがりついた。


それでいいのだと信じ込ませたかもしれないが逃げ道がなかった。


そして私を飲み尽くしてしまうその声を封じ込めた。

今このノートを再び手に取るまで、そのもう一人のわたしの声にずっと怯えていた。

また、聞こえてくるのではないかと。

 

でも、もう聞こえてはこなかった。

強張ってノートを繰っていた指の力が抜けた。

あの力みは一体どこへ消え去ったのだろう?

時間が止まったぽっかり空いた空間に座っている。

 

再びその風景のなかにいると、白いベールがサーっと天に巻き上げられ

その時に見えなかった景色があらわれた。

 

私達が残そうとしていたのは、彼らのこころなのだ。

八年という年月が経って、そう答えが出た。

何かやり残した後ろめたさが細い尾となりずっと引きずっていた。

やっと彼らにその意味を持って向き合える。それを伝えなければ。

瞬間を感じあったその時を切り取って記し残すことでこの旅は完結する。

私達を通して彼らの、生き残った彼らの、そしてそこで生命を刻み付けた彼らたちのこころ。

一人と、そして一人との小さくつながる関係だったからこそ、細かく深く太いこころのカケラたちが何層にも積み上がる。

透明なカケラたちの中には色とりどりの光が湛えられている。

そうだ、光をあてるのだ。

天高く光を放つそのこころの色に光をあてるのだ。

私なりの光でいいのだ。

 

窓を開けた部屋

ちいさな女の子のか細い声が風の音に乗って聞こえた

「もう、いいよ」

つづく




あなたの心に翼あることばの一つ一つが届いて和らいで解き放たれていきますように。 サポートよろしくお願い致します✨