すべてを変えた　あの日…（4)

大郷町から仙台へ。石巻、仙台港から亘理小学校でへ取材へ向かう。

石巻は津波と火災の爪痕。ある家が気になり行っては戻り何度もカメラを回している。

そこには子どものおもちゃがたくさん残されていた。この家でおもちゃで兄弟やお友達と遊んでいただろう声が聞こえてきそうで、おかあさんと呼ぶ声が聞こえてきそうでしばらく離れられずにいた。どれぐらいの時間佇んでいたのだろう…ふと、気がつき海の方へ向かう夫に追いつこうと歩き出した。数歩進んだその時に左足がぬかるんだ土の中にズボッとはまってしまった。なぜか声が出ないまま体が固まってしまった。しばらくといっても足を力いっぱい持ち上げて引き抜くのに数十秒だろう。目にはスローモーションで見えたうえに、そこで時が止まってしまった。夫に助けてと声を掛けられたはずなのに。なぜか…なぜか…。なぜかこころの奥にしまって鍵をかけてしまった。

この出来事を夫に話せたのは数ヶ月経ってからだった。

仙台港も全てなくなり土に覆われていた。息づいていた全てのものたちが土の中にひっそりと姿を隠してしまったかのように何もない場所に線香だけが真っ直ぐにその大地から空に向かって立つ。

そして…ここも逃げ場がなかった場所だったのだ。

警察官の捜索活動も移動する場所場所で目にした。何度も目にしているとそれが日常の出来事のように感じてしまうが非日常からうまれた日常なのだ。

亘理町荒浜地区から亘理小学校に到着したのは18時30分だった。

そこにはフィリピンから休暇を取って駆けつけたO医師、看護師Sさんが活動されていた。患者さんが診察されていたので取材させて頂いた。診察の様子を見ていると、患者さんは世間話にきているようだった。会話のやり取りをきいていると笑みがこぼれてしまう。後から先生に話しを伺うと、今は心の手当てだからとおっしゃていた。だからこその会話だったのだ。お二人の醸しだされる大らかであたたかい口調の雰囲気に安心してついつい内緒話までしてしまうのだと親しくなった患者さんから聞いた。

そんな雰囲気のお二人に包まれていたら、いつのまにか私も心に抱えたものを話していた。

抱えていたことも認めたくなかったこと。だが、どうして？の疑問がいつも張り付いていたこと。この世であると思いたくない生まれて初めて目にする耳にする鼻にする光景、音、臭い。

どんなことが起きたのか想像は膨らむばかりで、こころの許容量を広げてはいっぱいにしてを繰り返して痛くて苦しくて悲しみも込み上げてくるのに涙が出ないんです。と

話せたことが不思議な感覚だった。人は話そうと思って話すことにはどこかしら脚色が入るような気がする。なんとなく心にうづまいていることを言葉に出していたというのは自覚していない、でもそれが心がひとりでに話し出す、まったく真っさらなこころの声なのではないか。

心が癒やされると肉体も元気になっていく。病は気からというではないか。

お二人に心が救われた方々はどれぐらいいるのだろう。医療の真髄とはこれなのだ。

一歩、進めたような気がした。

診察所を後にして駐車場へ向かおうとしていると、タバコを美味しそうに吸っている方が声をかけてきてくれた。先程、診察を受けられてタバコの本数を減らす減らさないで医師と漫才のような会話をしていた消防団員の男性だ。話しが上手で亘理町の歴史など話しも尽きず、前から知っている近所のお父さんと会話をしている感覚。車に積んである中から酒や制汗剤など必要なものがあれば使ってほしいと伝えると喜んで受け取ってくれた。

彼は後に仮設住宅に移ってすぐに私達に連絡をくれた。このほんの束の間の出会い。彼と会ったのはこのひと時だけ。それでもお互いを案じることができる何か強い印象をお互いに残しあったのだ。じんわりと温かい涙が込み上げてくる宝物である。

無くしたものは大きかったに違いない。それでも生きる、生きていこうとする力強い朗らかな声。大きな大きなエネルギーを私達に送ってくれたのだ。

翌日は、小学校を訪問したいのだというと友人を紹介して下さり、明日は荒浜小学校の始業式に参加させて頂けることになった。荒浜小は被害にあったため、逢隈小学校に避難しているという。

9時から始業式がはじまった。避難しているのは40人だ。親を亡くしている子もいますと校長先生から伺っていた。

避難先での小学校での生活になることに、迷惑をかけないようにとのお話もされていた。そんな配慮にもチクッと心に針が刺さる。

子どもたちは式への移動中にカメラを向けると顔を近づけてきたりピースをして撮っていいよとばかりにポーズをしてくれたり。そんな小さな子どもたちとの接点に笑顔をもらえる。

どうかこの子たちが笑顔で過ごせる日がたくさんありますようにと祈った。