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本当に付き合いたい人たち

今までの付き合い方

付き合ってくれそうな、自分と遊んでくれそうな人、に目を付けてきた。それすら少なかったから、どうしたらいいか、どんな人として振舞えばいいのか、調べて模倣して、溶け込むことに専念することで、ある程度、相手には、してもらえてた。

でも、せっかく遊んでもらえてるのに、同じ時間を過ごすことを許されてるのに、いつも空しかったし、ずっと不安だった。

自分と友達になってくれそうな可能性がありそうな人、じゃない。本当に一緒に遊びたい人、そんな人に会ったことあるだろうか。一人、イケボ過ぎて、声聞いてたいって人はいたけど。それは、また、違う気がする。でも、是非、イケボで配信をしていただきたい。
話を戻す。

そもそも、一緒に遊びたいと本当に心から思うほど、人を知ったことがない。かもしれない。何となくの人となりを知った程度では、結局、その人が本当は、どんな人かわからない。わかりようがない。

なら、知りたいと思った人はいたのか?
YES。大量に。

自分が人と違うと感じるところ

自分が人とちょっと違う、そう思う理由の一つに、他人に、「人」そのものに強い関心がある、というものがある。
もちろん、少数だとしても、そういう人は他にもいる。
でも、会う機会は全くないほど、周りには見受けられない。実は、そうなのかもしれなくて、わからないだけ、の可能性もあるけど。人間観察を趣味としていたり、既に研究者だったり、という場合でも、やっぱり少数に思う。
どちらかというと、皆、他人に興味がない。もしくは、本当に身近な人にしか興味もない。一番には自分のことにしか興味ない。そういう人の方が圧倒的に多いのではないだろうか。
人は他人に興味を持つのは、自分に利益が利得が発生する時、もしくは、発生しそうな時。自分にとっても、人を知ることは、自分なりの利益のため、だとは思う。

自分は、どんな人にも興味がある。
犯罪者でも、アイドルでも、ホームレスでも、オンラインゲームで対戦して酷い言葉を浴びせてきた人でも、何の表紙もなく優しい言葉をかけて来てくれた人にも。

どんな生き方をしてきたのか、どんな思いで生きているのか、どんな考えを持っているのか、夢は?目標は?
一番は、どんな生き方をしてきて、どんな生き方をしているのか。
でも、それは本人が、そもそも意識していないということも多いようだ。だから、聞いても本人も、わからなかったりする。聞かれること自体、煩わしく感じる人いるだろう。考えたくないから。
知らぬが仏、、、とは違うかもしれないけど、考えないからこそ、過ごせる、こなせる日々、もあるだろうから。

聞いていい人か、ダメか、いつも、そんな尺度でも人を見ていた。大体がダメそうで、何となくの表面しか見えない。絶対、触れてはいけない逆鱗(?)があるかもしれないし、ここは慎重にならざるえなかった。
語ってくれる配信者とかいるけど、彼らは自分とは別世界、別次元の凄い人たち。直に、腹割って話が聞ける人たちじゃない。

付き合いたい、まではいかなかくも、知りたい人なら、この地球に山ほどいる。人の数だけ、知らない世界があるように感じる。

友達になれたかもしれない「おいちゃん」

ゲームを通してサーバーで知り合ったおいちゃん。
そもそも、中年のおいちゃん達は、いろいろ質問しても、嫌がらずに、いろんなことを教えてくれる人が多くて、好き。
そのおいちゃんも、そうだった。
理解力が乏しい自分に、世の中のこと、何よりゲームのことを、教えてくれた。もちろん、あくまで、その人の解釈だから、真に受けきらないようにはしてた。楽しいおいちゃんだった。でも、自分が、どうしても耐えられないことが2つあった。

1つは、「ゴミ」「カス」の言葉。相手に聞こえない場所だとしても、なんか嫌でしょうがなかった。例え、ゲームで相手が非情で卑怯で下劣で、自分も、ぶちキレそうだったとしても、その言葉を浴びせる姿は見ていたくなかった。自分も「ばかぁあ 。゚(゚´Д`゚)゚。!!!!」って、よく言うくせに、とは思う。

2つ目は、考えの押し付け、圧力、これも辛かった。自分は考えが、ころころ変わりやすいタイプ。一旦、こうだ!となっても、本当にそうか?と最速1秒後には再定義(仮)作業が始まったりする。
一つの答えに留まるのが、凄く難しい。常に、新しい可能性が疑問を呈してくる。全てにおいて、こうだ(仮)になってしまいがち。だから、同意が難しい。でも、振りや曖昧な答えを続けているのも、疲れる。
社会、コミュニティにおいて「定義」がある程度、必要なことは、一応、わかってる。だけど、変化が激しい世界において、新しいことが、次々に迫ってくる今、いろいろと固定させていると、動きづらくてしょうがない。

息苦しくなって、おいちゃんとは離れてしまった。
言葉を流す力、うまい流し方、これができたなら、今も、おいちゃんの話が聞けただろうな。でも、これも、自分の特性の一つ、ずっと対処法を探してきたけど、まだ、見つからないし、本当は対処すべきかにも疑問がある。

たぶん付き合いたい人(理想)

この世にいない前提で、考えてみる。

1・無理のない自然な配慮で、一緒に過ごせる
2・言いたいこと言い合っても、喧嘩しても、また、会いたいと思える
3・(追記)お腹、壊さずにいられる

結論、縁。もう自分を変えようと必死になるのをやめるなら、縁しかない。
付き合えそうな人を、もう求めないこと。付き合ってくれそうな人に媚びないこと。そもそも、人を求めないこと。一人は寂しいから、本当に難しい。でも、また縁があったとしても、相手の中の本当、と、自分の中の本当を、ちゃんと見極めること。寂しさに負けないこと。

自分よ、孤高であれ。