ピッチ・ドロップ(夢小説)

※注意※
本ノートは妄想のみを連ねたウマ娘の二次創作です。本編のキャラクター、及び実在の競走馬とは一切関係がありません。
また、念のためオリジナルウマ娘に置き換えてあります。ご了承ください。





『ゴールイン!!見事、URAファイナルを制したのは…』

これは、競争だ。順位がある以上、勝利に対して、必ず敗北が存在する。
当然ながら、ただ意味もなく敗北した者に当たるスポット等、存在しない。

これは、とあるトレーナーとウマ娘の、誰にも語られることの無かった、悲劇の記録である。

「ここが…俺のトレーナー室…」
地元では腕利きのトレーナーとして表彰され、あらゆる試験をこなし、やっとの思いでこの学園のトレーナーとして就職することが出来た。
とはいえ、俺のようなひよっこトレーナーに与えられたのは、机とテーブルと椅子があるだけの、小さなプレハブ小屋だが…。
そして、今日が入学式で、トレーナーの希望が特になかったウマ娘が一人、ここに配属されるとのことだった。
「そろそろ来る時間…だよな…?」
すると、外からドタドタと走る音が聞こえてきた。
流石ウマ娘…走る音が人間とは大違いだ。
次の瞬間、「あいたぁー!!」という声と共に、ドアが思いっきり吹き飛び、その上にウマ娘が倒れ込んできた。
「うおぉ!?大丈夫か!?」
「うえぇ…大丈夫ぇす…ズズ…」
思わず駆け寄ると、彼女はゆっくりと立ち上がり、鼻血をすすった。
「えへへ…いつものことなのでぇ…あ!そんなことより、今日からここでお世話になります、マチノタンジアで~す。よろよろです~。」
「お、おう…よろしくな…!」
初めこそ驚いたが、彼女の足音や、ドアを突き飛ばすパワーは確かなものだった。
俺は確信していた。この子なら、確実に記録を残すことが出来ると。

顔合わせを済ませ、大まかなスケジュール合わせを行い、翌日からトレーニングを開始した。
「ささ、トレーナーさん。何でも言ってくださいな。トレーナーさんの言うことなら、間違いないですから。」
そう言って、彼女は俺に微笑んだ。
いかんいかん、あくまで彼女はウマ娘。やましいことは考えてはいけない。
とはいえ、さすがトレセン学園ともなると、可愛い子も多い。
しかしながら、この子は中々にタイプ…
「…?トレーナー?どうしたんです?」
「あっ!あぁ!いや、なんでも…よし、今日のメニューは…」
トレーニングの内容を伝え、彼女はトレーニングに向かう。
偶々仲の良い友人が居たようで、二人で協力して行うようだった。
「君があの子のトレーナーか?見かけない顔だな。」
話しかけてきたのは、タンジアの友達のウマ娘のトレーナーだ。
「あ、はい!今年からこの学園のトレーナーになりました、新人の者です!」
「そうか。我々はいずれライバルとなるかもしれないが、こういう交流は大切だ。あまり身構えず、分からないことがあれば、聞いてくれれば答えよう。よろしく。」
しっかりした女性で、少し怖そうに見えたが、優しそうな人だった。
「トレーナー、綺麗な女性に鼻の下伸ばしてません?」
「おわぁ!?ば、そんなわけないだろう!っと、もうこんなに…ちゃんと水分は取ったか?」
「ばっちりですよぉ。10分したらまた始めますね。」
最初こそ不安だったが、練習に取り組む姿は、理想のウマ娘そのものだった。

それから数ヵ月、ついにメイクデビューの日が訪れた。
「いよいよ、初めてのレースだ。自信はあるか?」
「もちろん!がんばってみせますよぉ。」
自信に満ちたその表情を見て、俺は彼女を信じることにした。
「よし、気合い入れて行ってこい!」
「はーい!頑張るぞ~!えい、えい…」
おー!と言いかけた瞬間。
「むん!!!」
ずこーっ、と漫画のようにずっこけてしまった。
「ほぇ?どうしたんですかトレーナー?」
「いや…なんでもない。よし、行ってこい!」
若干の不安はあるが、俺は改めて彼女を送り出した。

しかし彼女がメイクデビューで優勝したのは、三度目の挑戦にしてようやくの事だった。

初めてのレースでは、3位という結果になった。

彼女は泣いていた。
あんなにトレーニングも頑張って取り組んでいたし、彼女に落ち度など無かった。
ダメだったのは、俺の方だ。
俺は彼女をうまく慰めることが出来なかった。
「ぐすっ…うっ…トレーナー…ごめんね…ごめん…」
やめろ。やめてくれ。
それ以上自分を責めるな。
悪いのは君なんかじゃない。
俺の方なんだ。

二度目のレースは2位だった。
前回よりはマシだったと喜びつつも、やはり心にモヤモヤは残った。
その時彼女がどういう表情をしていたのか、怖くて見ることも出来なかった。

三度目のレースで優勝したときは、確かに喜びこそしたが、その頃には周りのウマ娘達は結果を残し初めている者も多く、完全に取り残されてしまっていた。

「いやぁ~、やっと勝てたねぇ。」
「…ごめん」
俺は、彼女の顔を見ることが出来なかった。
「あのね、トレーナー」
彼女は、うなだれた俺の顔を抱き締めた。
「私はね、レースの勝敗なんかどうだっていいんだ。勝てなくていい。ただ…その、ね!だから…」
その時の俺にはもう、彼女の声が聞こえていなかった。

電気も点けず、飯もろくに喉を通らず、得意でもない酒を煽るも、無茶な飲み方で吐き出す。
衣服が散らかりきった部屋には、既に半年も光が差し込んでいなかった。
このままではいけない、そう思いながらも、これといって変わったことは出来ていなかった。

そんな生活習慣は、トレーナー業務にも支障をきたし、ついに俺は、次のレース直前に倒れ、病院に搬送された。
「あ、トレーナー!良かった…」
目を覚ますと、タンジアがベッドの横で俺の手を握っていた。
「心配かけたな…ごめんな、俺が不甲斐ないばかりに…」
「いいんですよ…大丈夫…大丈夫ですから…」
思ったよりも身体の状態は酷く、退院まで一週間を要すると言われてしまった。
その間に目的のレースがあるため、タンジアには俺抜きで行って貰うことにした。
幸い、同日の別のレースに、先輩トレーナーが出走するとのことで、タンジアも連れていって貰っていた。

俺は、怖くて放送を見ることが出来なかった。
何もかも情けない。
もういっそ…そう考える度に、彼女が頭を過る。
ダメだ…しっかりしなければ。
彼女は勝てるだろうか…
正直、自信はない。
俺がしっかりとトレーニングを考えていれば…
だが、勝てなくても、彼女はいの一番に戻ってきてくれるだろう。
負けちゃった~といって、その扉を開けてくれるはずだ。
ウイニングライブが終わってこっちに向かうとなると、八時頃になるだろうか。
それまで、少し眠るとしよう。



しかし彼女は、俺が退院した後も、その扉を開けることは無かった。



次に彼女と会ったのは、俺が退院してすぐ、別の病室でのことだった。
「とても残念です。レース中に転倒、その真後ろに居た子も咄嗟に避けることが出来ず、脚が着いた先には…」
人間であれば、ただの骨折で済んだだろう。
だが、ウマ娘の脚力は尋常なものではない。
況して全力で走っている状況では、相当な圧力がかかるだろう。

彼女は、ずっと窓の外を見ていた。
「タンジア…その…」
「いいの」
彼女は、窓の外を眺めたまま続けた。
「もう、いいの。いいんだよ。」
その悲しそうな姿に、俺はなにも言うことが出来なかった。

気まずい沈黙が続く。

一時間ほど経った頃、先に口を開いたのは彼女だった。
「あのね…トレーナー」
彼女は、ゆっくりとこちらを向いた。

「一緒に、どこかに行っちゃお?」
「え…」
彼女は寂しそうに微笑んだ。
「トレーナーと一緒に…いきたいんだ。…トレーナーの言うことなら…間違いないから。」



「あのバカ…」
何もかもが、あの時から時間が止まったままのようなプレハブ小屋に、一人立っていた。
「こんな物を残して…一体…」
彼女が手にしたのは、彼がこの学園に来てからの日記だった。
期待で胸一杯なページ。
失敗と工夫のページ。
ひたすらに「ごめんなさい」と書き殴られた紙。
「お前達は…何処に"いった"んだ…!」

しかしいつまでも、二人の行方が判明することは無かった。


ピッチ・ドロップ 完

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