冬花火

あの時に戻れるなら
僕は彼女に伝えれるだろうか
そんな『もしもの話』

季節は冬。その日は一段と冷え込み
この街、渡中井町も色鮮やかな銀世界に染まっていた。
そんな中、僕は冬山を登っている。
冬山はこの街で一番高い山でこんな寒い時期は山一面が真っ白になる。

近くにスキー場もあり、夜には星空が拝める事から
カップル達がこぞってこの山に訪れる。
そんな人々を余所目に僕は冬山で最も見晴らしの良い穴場スポットまでやって来た訳だ。

『今年も来たよ、未来。今回は凄いぞ
ああ、きっと未来も驚くに違いないな』

少し悴む手を暖めつつ、僕は準備に取り掛かる。
星が輝く夜空に一輪の大きな花を咲かせる準備を…だ。

『ねえ、奏太!どんな花火なの?
私が驚くに違いないって、きっととても綺麗な花火よね?赤色?青色?
それとも黄色?あっ!わかった!
虹色なのね?そうでしょ、奏太?』

きっと未来なら準備する僕の周りをうろちょろしながら
僕に問いかけるだろう。
そう思うと自然と笑みが溢れてしまう。

『ああ、今年は緑だよ。ごめんな
虹色は用意出来なかったよ
けど、未来はきっと好きだよ』

そう言い終わる頃には花火を打ち上げる準備が整う。
花火の近くにシートを敷き、僕はコーヒーと未来にはココアを用意する。
未来のココアは熱々だと怒られてしまうので
少しぬるくしておくのがポイントだ。

『さあ、座って。今から火をつけるからな
少し大きな音がするから心の準備をしておけよ』

僕はマッチに火を灯す。
消えない様に左手で覆いながらその揺らめく種火を導火線へ
ヂヂヂと音を鳴らし始めたのを確認して急いでシートまで戻る。

ドンッと大きな音を響かせ
空を登るように蕾が宙に。天高く上がってゆく。
その蕾は輝きながら大きな花へと姿を変える。
一瞬、ほんの一瞬だけどその瞬間だけどんな星よりも光り輝くのだ。

『わあ!凄いね!さすが奏太
今年の花火も凄かった!綺麗だったなぁー!』

微笑む未来に
僕は少し言葉が詰まる。

『…大丈夫よ、見えてなくてもわかるの。
火の匂いがして花火が空へ上がっていく音がしてね?バーンって。
綺麗な花火がね、私にはちゃんと見えてるからね?奏太』

未来はこういう時だけ
普段に増して察しが良いのだ。
僕の息遣いや少しの動揺を必ず見逃さない。

『それにね、見えてなくても
確かにそこにあるでしょ?見えてる事が全てじゃないわ
だから私は大丈夫なの。』

『”信じていれば必ずそこにあるんだから”』

未来の口癖だ。
見えない彼女にとって手に触れる事が出来ないものは
音や匂いで確かめるしかない。
それすら感じ取れないものは信じることしかないのだ。
僕がそこにあると言うのなら
彼女はその言葉を信じてくれている。

『ああ、そうだな。信じていればそこに…な』

ええ、そうよと言わんばかりの顔をして
未来が微笑んでいる。

『さてと…そろそろ帰ろうかな。
未来、また来年も約束通りに来るから』

彼女は何も言わずに微笑む
山を降りていく僕にただ黙って微笑むだけ

また来年も此処に来る事だろう。
彼女との約束を『花火を見せるために』
だって、そうだろう?未来だって言っていた。

僕が信じている限り
”未来はそこにいるのだから”

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