日常、幸せ、泡沫

『ったく、朝から賑やかだなぁ、冬花は』

そう微笑んでいるのは、少し前から訳あって私の家に居候しているクラスメイトの秋月 翔だった。

『なによ!文句でもある?大体、お母さんが悪いのよ!…本当、嫌になっちゃう!』

ギロリと母を睨む私。
そんな事なんてお構えなしに呑気にお母さんは朝食を楽しんでいるご様子。

『まあまあ、落ち着いて。冬花も朝ご飯食べるだろ?今日は少し気合いを入れた力作だっ!』

そう言い、手招きする彼。
テーブルに並べられたのはTHE 日本の朝食と言っても過言ではないメニューのレパートリーだった。

ご飯にワカメの入ったお味噌汁。
出汁巻玉子焼きにシャケの塩焼きであった。

『ふーん、あんた料理とかできたんだ?ちょっぴり以外だったわ。
あんたの所のお母さんが家事全般やってそうだったけれども』

『ん?まあ、そうなんだけどな。今は母さん病み上がりだろ?それに少し前までは寝込んでた訳だし…その間くらいは俺がしてたってとこかな』

そう言う彼は何処か儚く遠い目をしていた。

なんだかいけない事を言ってしまった。
静まり返る合間にすかさず割って入ってきたのは、私のお母さんだ。

『ほーら!お母さんもちゃんと家事してるから翔くんのお母さんにも負けないわよぉ〜♩冬花ちゃん、褒めて〜♩♩』

いつの間に自分の朝食を平らげたお母さんはるんるん気分で食器を洗っている。

『…ふふ、お母さんの場合は"たまに"でしょ?』

『冬花ちゃん、ひどーい!お母さん、今もちゃんと食器洗ってるのにぃ!』

はいはいと言いつつ、食卓の席に座る私。
彼も苦笑しつつ、私の目の前の席に座る。

『なんて言うか、冬花のお母さんってスゲーよな。いろんな意味でさ』

『そう?私は慣れちゃったけども、側から見たらインパクトの塊だとは思うわね。良くも悪くも』

確かに変わってはいるけど
何十年も一緒にいたら慣れてしまうものだ。
早くに父が他界してから女一人で私を育ててきてくれた事は変わらないし、少し子供っぽい所も踏まえてお母さんはお母さんである。

規律を重んじる琴吹家に置いて異色の存在であっただろう。
そんな所に嫁入りして、自身を守ってくれるはずの父が他界してからも
私を思ってこの場所に残ってくれていた。
私の知らない所で沢山の苦悩や苦労をしてきたはずなのに
何にもないように振舞ってくれている。

私のたった一人の自慢のお母さんであることは
きっとこの先も変わる事はない。

洗った食器を手に持ち、くるりと踊ってみせる母を見ながら思いふける。

『…俺の家と大違いだけど。悪くないよな…。賑やかで楽しいし』

そんな彼もお母さんを眺めつつ、独り言のように呟く。

『そうでしょ?私のとこもあんたのとこも堅苦しいお家柄だけど、お母さんを見てるとなんか忘れちゃうし、ここが本当の意味で私の"居場所"なんだなぁって』

『…本当の意味な。確かに。あの母なしに今の"本当の"琴吹 冬花は語れないってな』

何かを見据えた様に私を見て
優しく微笑んでみせる彼。

『…なによ、急に。…もう』

目を逸らしつつ、お味噌汁を口に運ぶ私。
彼とお母さんの前では
百鬼の"琴吹 冬花"でいられないのである。

『ちゃっちゃと、食べてしまいましょ!
午後からは…用事がある訳だし…』

『おお、確かに!早く食っちゃわねーとな!』

慌ただしく朝食を食べ始める彼。

『…ありがと。美味しいわ』

『ん?なんか言ったか?食べるのに夢中だった』

『……。ばーか、何にも言ってないわよ』

くすりと微笑む。

きっとこの"日常"はもうすぐ終わり
またいつもの"日常"に戻る。
それは悪い事ではないし、彼にとっても良いことだけど。
出来る事ならば、もう少しだけ…
あともう少しだけでいいから
この"日常"が続けば良いなと思う私は我儘ですか?神様。

Coming soon

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