たまにはCPSでも読んでみる。「A Swell Diagnosis」。非炎症性の繰り返す腹水と腸管壁肥厚をみたら遺伝性血管性浮腫を考える。
2024.1.4のNEJM CPS「A Swell Diagnosis」
リンク:https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcps2307935
生来健康な男性で、19歳からの繰り返す突然の腹痛、数時間で自然軽快するが頻回の救急受診となっていた症例。
嘔吐はあるが発熱や下痢はなし。腹痛後数時間排便がないことに気づいた。
腹部軟、中腹部に軽度の圧痛ていど、カーネット陰性。
血液検査で好酸球や肝胆道系酵素、CRP、血沈などは正常。上下部内視鏡は繰り返し行われたが特記なし。腹部CTは小腸壁肥厚と腹水貯留を認めた。
最終的には遺伝性血管性浮腫(HAE)の診断でした。
繰り返す腹痛の鑑別
このような再発性の病歴ではアレルギー、てんかん、片頭痛、精神疾患、前庭疾患がよく遭遇します。
アナフィラキシーではないか、皮膚や呼吸症状の確認とトリガーとなった物質がないか詳細に聞く必要があります。
腹部片頭痛や腹部てんかんも同様の疝痛をきたしますが、腸管壁肥厚や腹水は合わないでしょう。
今回の「腸管壁肥厚と腹水をきたす、繰り返し、自然軽快する腹痛」で考慮すべき鑑別があまり浮かばなかったのでその点が勉強になりました。繰り返す腹痛の稀な原因として以下が挙げられていました。
選択的IgA欠損症
好酸球性腸炎
間欠性ポルフィリン症
マストサイトーシス
家族性地中海熱
選択的IgA 欠損症
2/3で無症状だが、1/3では感染性腸炎や副鼻腔炎などを繰り返す。
血清IgG、IgM値は正常だが、IgAのみ低値で診断される。
Uptodate:Approach to the adult with recurrent infectionsでは繰り返す腸炎での免疫学的検査としては白血球分画、免疫グロブリン(IgA,IgM,IgG)、フローサイトメトリーでのリンパ球サブセット解析をすすめている。
好酸球性胃腸炎
喘息などのアレルギー素因を持つ人に多い。
食道~大腸、粘膜~漿膜まで病変は様々。男女差もなく、発症年齢も幅広い。
血液検査で好酸球増多が80%の症例でみられる。CRP上昇はあったりなかったり。
CT画像では75%に腸管壁肥厚、56%に腹水増多を認める。
腹水採取ができれば、腹水中好酸球増多が診断に有用
(参考:日本内科学会雑誌第107巻第3号「日本内科学会雑誌第107巻第3号」)
急性間欠性ポルフィリン症
思春期から中年期の女性に多く、神経内臓症状を呈する。
腹痛が初発症状のことが多い。
末梢神経障害(四肢麻痺)や中枢神経障害(意識障害)、精神症状などを呈する。
検査:尿中ポルフォビリノーゲン、尿中δ-アミノレブリン酸の増加
マストサイトーシス
mastocytosisは原発性のmast cell disordersで、異常な肥満細胞のクローン集団の組織浸潤(皮膚、皮膚外、骨髄など)を背景とする疾患群。進行性のmastocytosisは血液悪性腫瘍として同種血幹細胞移植などの治療も考慮される。
Mast cell disordersは原発性、2次性、特発性に分類される、肥満細胞の活性化に起因する疾患群。肥満細胞は皮膚、呼吸器、腸に主に分布しており、刺激により活性化されるとヒスタミンなどを放出して、アレルギーと同様の症状を引き起こす。
腹痛嘔吐がアナフィラキシーらしいと考えた場合に、Mast cell disordersも鑑別に入れておくことが重要。
アレルギーらしいけど、アレルゲンが想定できないときは原発性または特発性よMast cell disorderを考慮する。
Mast cell disordersを疑った場合には、肥満細胞のメディエーターである血中トリプターゼの上昇を確認する。発作直後に上昇していれば肥満細胞の関与が疑われる。発作後数日しても高値なら原発性の可能性あり(遺伝性αトリプターゼ血症が数%の罹患率で、健常人ではそちらが一般的な原因)。
今回の症例では、腹痛はあるがその他のヒスタミン遊離での症状に乏しいのでアレルギーや肥満細胞の関与は否定的。
(参考:Update「Mast cell disorders: An overview」)
家族性地中海熱
繰り返す発熱+漿膜炎を特徴とする自己炎症性疾患
初発は20歳未満が90%。見過ごされており診断まで10年を要することもある。
発作は1-3日程度。腹痛発作は「急性腹症」として開腹手術が行われるほどの腹膜炎を呈することも多い。無治療で自然軽快する。
間欠期は全く症状がなく、発作間隔は1-2カ月程度のことが多い。
発熱+腹膜炎を繰り返しているが、無治療で自然軽快しているといった場合に疑う疾患である。発熱と炎症反応上昇(WBC、CRP、ESR)は基本ある。
遺伝性血管浮腫
illness scriptは、思春期前後の小児におこる、繰り返す皮膚や腸管など体の様々な部分の腫れや浮腫を来たす疾患。
基本情報
小児期に発症し、平均発症年齢は 8 ~ 12 歳で、思春期に症状が悪化する。
体の様々な部分で「腫れ」が再発するのが特徴
世界中で約 50,000 人に 1 人が罹患する稀な常染色体優性遺伝疾患
発症から診断まで平均8.6年を要する。
トリガーは精神的ストレス、外傷、感染症、運動、手術などの医療処置。
原因はC1 インヒビター(C1-INH)の遺伝子異常であり、減少 (1 型) または機能の低下 (2型) 。検査異常を示さない3 型が存在する。
C1-INHの不在によりブラジキニン生成カスケードが無秩序に活性化し、ブラジキニン過剰となることで症状が引き起こされる。
患者は常に、発作の前段階で踏みとどまっている状態で、上記トリガーがその均衡を破壊すると発作が起こる。
症状の特徴
四肢や顔面の皮膚、腸管に突然発症する血管性浮腫を特徴とする。皮疹がなく腹痛単独の場合もあり、繰り返す腹痛の原因として見逃されている場合がある。
アレルギー性血管性浮腫が鑑別となるが、掻痒感、蕁麻疹、抗Hisへの反応性などで区別される。
頻度:皮膚(四肢、顔面)、腸>生殖器、膀胱、筋肉
嘔吐は腹痛と同時に、便秘や下痢は腹痛の直後に起こるのが一般的
陰性所見:発熱、掻痒感、蕁麻疹、腹膜症状、白血球増加はない。圧痕も残さない。
腹痛単独発作は49%(149人を対象とした研究では、計521回の発作のうち 49% が単独の腹痛を特徴としていた。)
喉頭浮腫は約 0.9% で発生し、致死的となる。小児で特に問題となるため、両親がHAE患者の場合には早期に検査をする。
持続時間は数時間~数日で患者間でかなりばらつく
発作の前兆:特徴的な紅斑(図1)や疲労感等がみられる。
検査
①スクリーニングとして血中C4濃度を測定し、②C1-INH活性と濃度で1,2,3型のどれかを分類する。
C4低下の理由 は、C1 インヒビターが欠損または機能不全である場合に補体経路が制御されずに活性化される結果としてC4が枯渇するから。
HAE患者の98%ではC4が低下するが、間欠期の患者の10% では偽陰性となる可能性あり。
治療
以前は発作時治療薬+短期予防薬が主流であったが、最近になり長期予防薬が登場(下図)してきた。そのため、治療の目的は発作時の重症化予防から、長期の発作抑制にシフトしてきている。
感想
数年経過の繰り返す腹痛の鑑別について学べました。
それぞれの疾患は稀な原因なだけあって知識があまりなかったです。
炎症病態(免疫不全での感染、好酸球性、自己炎症性)を否定しつつ、非炎症病態の鑑別に進んでいくのが自然かと思いました。
「繰り返す非炎症性の腸管壁肥厚と腹水」を見たときに血管浮腫から来ているという病態を想定すれば、アレルギー性、マストサイトーシス、遺伝性血管性浮腫が想起できるのかな。
原因不明の繰り返す腹痛で、遺伝性血管性浮腫を早期診断して、長期発作抑制の治療につなげていきたいです。
参考文献
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