宇宙飛行士
私が広告業界で
まだまだコピーライターとして
受賞することに
力を入れていた頃、
憧れのクリエーターの背中が
いくつもあった。
その中のひとりが
当時、電通のCDだった
高松聡さん。
世界初の宇宙ロケをやった
ポカリスエットのCM、
UNIQLO、
それから日清カップヌードル。
もう全てが洗練されていて
どこにもなかった広告の世界。
どこかで見た、
が多い広告の中で度肝を抜く斬新さが
素晴らしく
私も何かの受賞をして
同じ受賞パーティーに立った時、
お話をしたことを覚えている。
新しいことは
自分がつくっていかなきゃいけない
こうしなきゃ、とかこうでなければ、
はないんだよね。
って言う言葉とても魂にアグリーだった。
そしてやがて彼は
突然、広告の世界を後にして
宇宙飛行士になる、と
NASAに行った。
おそらく40代からの
挑戦
そもそも宇宙飛行士って?
みんなが度肝を抜かれた。
しかし彼は
子供の頃から宇宙が好きで
だから追いかける
年齢が何?やれるとこまでやる
というマインドで前しか向いてなかった。
5年に渡る
宇宙飛行士の訓練
広告業界で彼の名前を見ることはなく
宇宙訓練をロシアで受けている
というニュースも遠いことになり
ある日何か思い出して
あれ?
高松さん
どうなったんだろう
とググったり人に聞いたりしていたのがちょうどコロナ前。
どこにも彼の情報はなかった。
宇宙飛行士の訓練は
とてもとても厳しく体力的にも
ものすごくハードだと聞いていた。
夢は叶ったのだろうか
宇宙へは行けただろうか
みんながそう思っていたと思う。
そして先日、
突然
高松さんが個展をやる、
と噂を耳にした。
個展?
広告業界全員がざわついた。
高松さんが帰ってきた?
と。
高松さんは
宇宙飛行士にはなれなかった。
最終試験まで
受けたのに
いろんな事情が重なり
その夢は敗れた
だけどもう新しい夢を見つけていた。
私は個展会場で
映像をみて
涙が溢れるのを抑えることができなかった。
こんなに人生かけて
宇宙飛行士へ
チャレンジした人が
近くにいる。
そして
その夢が最終的に敗れたことも
その先にまた
新たな宇宙への、星への
夢を見出して追いかけていることも
すべてが
心にストンときた。
遠くに高松さんが見えた。
でもあまりにも
大御所の
広告業界の人々が
彼を囲んでいたので
私はそっと
お辞儀をして
高松聡さんありがとうございました。
私も死ぬまで夢を追う勇気を
さらに持てました。
と心で呟いて後にした。
夢は達成するかどうかではない。
挑み続けるか、だ。
と教えてくれた気がします。
かっこよすぎるよ、高松聡さん。
個展は今日がラストデイなので
またどこかで開催されたら
みなさん足を運んでみてください。
スピ的には
あの人は
宇宙人だな・・・笑