雨垂れ石を穿つまで③

『こんばんはー、宅配でーす』

 モニターの光が照らす薄暗い部屋に、インターホン越しの声が響く。 室内に居た3人は、作業を中断し、顔を見合わせる。

「宅配?」
「私は頼んでないけど」
「あ、多分ボクだ」

 3人の中で最も幼く見えるメガネの少年が、椅子を跳ね降りる。

「ウワサになってた古いアニメーションの記録媒体、オークションで競り落としたんだ。 今晩みんなで見ようよ」
「オークションって、お前…。 またそんなムダ遣いを」

 小太りの少年が、非難の視線を向ける。

「ムダ遣いって、兄ちゃんも見たがってやつじゃん! わざわざプログラム組んで、相場より激安で競り落としたのに!」
「そういう問題じゃ…。 いや…まぁいいや。 よくやった」

 兄が折れた事に満足し、メガネの少年は足早に玄関へと向かう。

「あ、チェーンは外しちゃダメよ! 何があるか解らないんだから」

 わかってるよ、と姉の言葉に返して、ドアのロックを解除し、ノブを回す。

「はいはーい――」

 ガッ!!

 ドアが開いたその瞬間、ナタリアの左足が、ドアの隙間に差し込まれた。

「…あー、悪いんだけど、ちょっと用があって。 悪いけどここ、開けてくれない?」

 そうと言われて、素直に従う訳がない。 メガネの少年は、血相を変えてドアを閉めようとする。

「なんでっ…!! このっ…!!」

 必死にドアを引き、足を蹴ろうが、ナタリアはビクとも動かない。 兄と姉が駆け寄ろうとしたその時、ドアの隙間からチェーンに向け、ぬるりと無骨な工具が差し込まれた。

「おいしょっと」

 ガギン!!

 山形の掛け声と同時に、悲鳴のような金属音が鳴り、チェーンが両断される。 同時に、ナタリアの両腕が、一気にドアを開き抜いた。

「うわわっ!!」

 ノブを掴んでいたメガネの少年が、ドアの勢いにつられ、外へ飛び出してくる。

「おっと」

 その肩を捕まえ、ナタリアはメガネの少年を抱き寄せた。 少年がゆっくりと目を開き、見上げると、自身の顔を覗き込んでいたナタリアと視線が合う。 僅かな沈黙の後、メガネの少年はポッと頬を赤らめた。

 …いや、二度目じゃん。

「うっす、お邪魔した理由は解ってるな、三兄妹。 なんか人質取ったみたいになっちゃったけど、話が早いから大人しくしててくれよ」

 環境課IDを翳しつつ、板に付いた悪役顔で、山形が部屋へ踏み入る。 部屋の中の2人はこちらを真っ直ぐに見て身じろぎをし、ナタリアの腕の中の少年は、既に不思議と暴れる気配がない。

「くっそ…この、裏切り者!」

 三兄妹の長男、小太りの少年が、山形を詰る。

「それはよく言われるけど、バカ野郎。 どっちが裏切り者だ。 お前達の火遊びで、世話になったここの皆の顔に、泥を塗るかもしれないんだぞ?」

 ぐっ、と少年が押し黙る。

「何より、親代わりの人に、あんな顔をさせるな。 誰より相談できる相手の筈だろう」

 ハッと、少年の表情が揺らぐ。 僅かな間があって、俯いて拳を握り、言葉を絞り出す。

「…ダメなんだ、いつまでも母さんに頼ってちゃ。 義理も無いオレたち三人を、ここまで育ててくれて…。 もう、自立していかなくちゃいけないんだ」

 身につまされる話だな、と山形は思う。

「事情は解らんでもないが、手段が悪すぎる。 ここいらじゃ、環境課に手を出してロクな目に遭わないって評判だろ。 よく噛みつけたな」

 その台詞に、そうなの?という表情をするナタリアに、そりゃそうでしょ、という顔で返す。

「仕事をクビになった後、そこで知り合った客に声を掛けられて…。 旧型のデバイスを使えば足は付かない、君の得意分野だろ?って」
「やっぱり、唆されたか」

 計画犯が別に居るだろう、とは思っていた。 この兄妹が思い付くには、今回の件は大胆が過ぎる。

「その雇い主の情報を渡してくれ。 依頼して1月以上、そろそろ向こうもタイムリミットと思ってるだろう。 このままじゃ、もうじきトカゲの尻尾を切りに来られるぞ」

 ナタリアの言葉に、兄妹の表情に恐怖の色が混じる。 そこまでの想像は至っていなかったらしい。

「これが、メッセージをやり取りしてたアドレスだけど…。 他にはあんまり、知ってる事はないよ」
「…んー。 まぁ、大丈夫だろう。 ウチの先輩方は優秀だ」

 噂に聞く情報係は、ネットワークという糸が繋がる限りは、どこまでもこじ開けていくようなメンバーが揃っているらしい。 ヤギが易々と断崖を上るように、この小さな取っ掛かりでも、彼らには必要十分なんだろう。

「さて、こいつらをどうするかですけど。 課長に許可が取れたら、自分に任せて貰えませんかね?」

 庁舎への連絡を準備していたナタリアが、山形の呼び掛けに顔を上げる。

「内容次第だと思うけど…何か考えが?」

 頷き、山形は兄妹へ視線を向ける。 それを受け、兄妹は一層身体を強張らせる。

「…どうなるんですか、私達」

 怯えた表情で、少女が言う。 小太りの少年は押し黙り、メガネの少年も先ほどより落ち込んだ様子になっている。

「まあ、今のとこ実害は出てない訳だが、じゃあハイ、お咎め無しって訳にはいかない」

 兄妹がビクリと肩を震わせる。

「だから、1つは俺達の手間を取らせた分。 そんで、親代わりの恩人を心配させて、悲しませた分。 これについて、お前達三人に、働きで返してもらおう」

 にかり、と山形が笑う。

「任せとけ。 市民生活係ってのは、困った人間を助けるのが仕事なんだ」

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