オールモスト・ヒューマン(一話)を見ながら

ちょっと思うことがあったので、吐き出させてください。

いや、別に重い話じゃないです。オタクの戯言と思っていただければ。

最後まで無料で読めるようになっていますが、面白いと思ってくださった方は、コメントをくださったり投げ銭してくださったり、あるいはその両方をいただければ幸いです。

http://wwws.warnerbros.co.jp/kaidora/almosthuman/


オタク、というと今ではどんなジャンルにいるもの、ということにされているけど、そもそもは漫画やアニメ、SFとか特撮ものとか、その辺の狭いジャンルものに執心する人のことを指していた。少なくともミステリ好きをオタク呼ばわりなんかしたら、凄い勢いで怒られる時期があったのは確かだ。
そういうオタク的気質の人が好む物語のパターンというか、タイプというのは確実にあって、いつかは自分でもそういう話を作りたい、とか思いながら、大抵の人はなかなかそれを作れないままで終わっていく。これはなぜかというと、お金を出してくれる人はオタクではないので、「そんなオタクしか見ない(読まない)ようなものにはお金を出せない」と言われてしまうという、ありがちな話。近年はライトノベルや漫画というメディアでかなりその手の鬱憤を晴らせるようになっているみたいだけど、もともと自分たちが好きだったものがテレビシリーズだったりすると、どうしてもそういうテレビや映画を作ってみたいという欲求がおさえられなくなるもの。
さて、近年オタク以外にも名前を轟かせているJJ・エイプラムスは正にそんなオタクの夢を一人でかなえている存在だ。「怪獣」「スタートレック」「スターウォーズ」という映画を立て続けに任され(その間にあのスピルバーグと「8ミリ映画」をネタにした映画も撮っている。自主映画を題材にした映画を作りたがるのも、確実にオタクの嗜好のひとつだ)ているのもそうだけど、どちらかというと彼を有名にしたテレビシリーズの方で、その傾向は顕著じゃないかと思っている。
考えてみてほしい。彼を一躍有名にした「エイリアス」は女性を主人公にしたスパイものだが、彼女は学生兼任の凄腕エージェントで、敵が狙っているのはダ・ヴィンチ(っぽい人)が遺した様々な超兵器の復活である。学生で美女スパイで超兵器の謎を追うとか、絶対みんな一度は大学ノートに書いたタイプの話だ。
一方「LOST」はそういう意味では「オタクなら必ずやりたい話」とは言えない。だからこそ世界的にヒットしたと言えるのだろうけど。だが何重にも謎を入り組ませて、最後にはうまくまとめられなくなっちゃうあたり、まさに「わかるわかる」となったクリエイターは多いんじゃないのか。
そして「フリンジ」。僕のようなオタクはなぜか「コルチャック」とか「怪奇大作戦」みたいな、「科学では解けない謎を、追及する」パターンの話が好きでしょうがない。基本には「ゴーストハンター」ものというジャンルがあるからかもしれないけど(だからみんなヘルシング教授も大好き)、とにかくそのジャンルに挑んだ作品は数多あるが、残念ながらこれまたテレビでは悉く失敗。X-Filesを除けば、なんとか成功したと言えるのはこの「フリンジ」だけなんだから、やはりすごいし、うらやましい。
「パーソン・オブ・インタレスト」は犯罪(だけではない)を未来予測して、何かが起きる前に阻止しようとする人々の話で、これまたSFの定番である。背景にコンピュータによる社会支配みたいなものが描かれていて、事件物の体裁ではあるが、実際にはSFの匂いが強い。
SFと言えば「レボリューション」は、まさにキングや、マッドマックスで描かれたような典型的な文明崩壊後の世界ものだが、実はもう一つの隠しジャンルがあって、それが「チャンバラ」だ。電気を失い、文明の利器の恩恵を受けられなくなった人類の中で、もちろん銃を使うものも多いが、チャンバラで勝ち抜いていくキャラクターもいて、西部劇と時代劇(剣劇)という、これまたオタクが好きで(でもリメイクすると失敗しがち)たまらないものを未来を舞台にやってみせるという趣向が憎い。
「アンダーカバー」は見ていないけど、たぶんこれもまっとうなスパイものではなかっただろう。「アルカトラズ」もSF性の強い特殊犯罪者もので、ある意味超能力者と、それに対する専門警察みたいな枠組みの話になっていた。
そして、日本で放映が始まった「オールモスト・ヒューマン」(これを見たから、こんな文章書いてるわけだけど)。人間型のロボットを、警察の捜査官が同道するようになっている時代、というから「エイリアン・ネイション」+「ロボコップ」かと思えば、描かれるビジュアルは「ブレードランナー」。そう「オレブレードランナー」こそオタクの誰もが作ってみたいと思う方向性であり、もちろん一人一人の中で様々なバリエーションはあるだろうが、これはJJ版ブレードランナーという匂いがプンプンする。

ここに挙げたテレビの多くが実は成功作ではなく、1シーズンや2シーズンでキャンセル(打ち切り)されてしまった作品の方が多いぐらいだ。
海外ドラマのファンは、キャンセルされた作品をまるで無価値のように語ることが多いけど、僕はそれはちょっと違うんじゃないかと思っている。
そもそもアメリカのテレビは放映が始まるまでも大変で、企画をなんとか通してもまずはパイロットの作成、それがやっと局のお眼鏡にかなっても、最初は短いシリーズをテスト的に放映して様子を見る、なんてこともざらにある。
つまりなにはともあれ、最初の1シーズンを放映できるというのは、それだけで数多の作品の中から勝ち残ってきたということであり、一つの目的は達成しているということじゃないかと思うのだ。
と同時にオタクとしては思うのだ。多分エイブラムズは、自分が作っている多くのジャンル作品が、実は大ヒットしないことを知っているんじゃないか、と。それでもなんとか局の厳しい目をかいくぐって、自分がやりたいと思うマニアックなジャンルものを一つでも多くブラウン管(古いね、これも)に映し出したいと思っている。もしそうなのだとしたら、やはりこれからもJJを応援しないわけにはいかない、とこれはもう勝手な思い入れだ。

そして、自分もまた一オタクとして、JJのことが素直にうらやましい。怪奇大作戦みたいなテレビ、ブレードランナーみたいな刑事もの、現代を舞台に異能者チャンバラ、どれもこれも自分が日本のテレビでやってみたかったことばかりだ。いや、諦めてるわけじゃないけど。
そもそも当たらないとわかっているのに、どうしてこんな限られたジャンル(ネタ)をやりたがるのか、と聞かれたら、やっぱりそれは「オタク」だからと答えるしかないのが悲しいサガ。
正直言えば、JJに限らず、他人の作ったものは(当たり前だけど)自分がやりたかったものとはどっか違ってて、不満も感じる。手放しで絶賛とはなかなかならない(ギャレゴジは珍しく絶賛ですけど)。だからあちらの成功(や失敗)を横目で見ながら、自分にできることをやっていくしかないわけです。

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