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Day 2:実力事務所『三猿』

ああ、神様。

とりあえず、嘆いてみた。何を書けばいいのか、見当がつかないから。

ああ、神様。なぜ、わたしは「三猿ベイベー」などという小説を書き始めてしまったのでしょうか。

昨日はひどかった。

(昨日の記事のリンクを貼る)

昨日の回想をすると、昨日のあらすじの説明になり、ついでに新規に参入した読者のためにもなることに、わたしは気が付いた。さらに昨日のことを強くイメージした。強く、強く、憎しみと後悔を込めて。

ナレーターなのにマイクを奪われた屈辱。

記念すべき第一回にして、台本がぶっ壊れてしまった失態。

わたしは、この小説のナレーターとして、失格なのでは無いだろうか。そう思うと、心にずしりと重いものが降りてきて、何も書く気がなくなる。

ああ、神様。昨日まであまり信じていなかった。けれど、心から嘆きたいときには誰に対して嘆けばいいのでしょうか。ああ、ああ、嗚呼。神様。
特定の宗教を持っていないわたしは、どこかにいるでしょう「小説の神様」に向かって嘆く。

この小説は、誰かに読んでもらえるでしょうか。というか、無事に終えることができるでしょうか。

…………。

…………。

……。

(神の沈黙)

…………。

…………。

……。

(神の沈黙、というか紙の沈黙。何も書かれないので、ただ白い空間が広がっている)























「おい。またなんか、変なナレーションで始まってんだけど。」
サングラスをかけた男が、言う。不機嫌そうに机に並べられた何かを食べる。何を食べているのかは例の通り事前に決めていなかったので、ファストフードのポテトをかじっているということにする。

『マックかよ。ケンタッキーじゃないのかよ』
男が腰掛けている、ワイン色のソファの隣にも低い椅子がある。少女が長い手足を折り畳んでそこに座っている。食べ物はローテーブルに置かれているので、少女が座っている椅子も背もたれがなく、ただの踏み台のようなものに腰掛けている。なので、余計長い手足が強調される。何かのアニメのコスプレなのかスカートがやけに短い。剥き出しの膝が天井に向いて揃っている。染み一つ無い。人間の体にあるはずの、黒子もない。ただ、のっぺりとした灰色。髪型は、とてもとても長いツインテール。

部屋は、散らかっている。広さは感じられない。人は四人。ローテーブルを囲んで一人ずつ座っている。サングラスの男は、上座のソファ。両脇に少女と、少年。男の正面に、茶髪の女があぐらで座っている。

何に使うかわからない物どもが棚に、或いは床に投げ捨てられたまま散乱している。具体的に何がって? 有機物は置いていない。腐臭を発するものはこの部屋を使う彼らも避けているようだ。捨ててあるのは、置物だったり、三角コーンであったり、どこかで拾ってきた店の看板であったり、猫の餌(これは有機物か)だったり、金属パイプだったり、電気スタンド、謎の回路だったりする。

そうしたものの並びに、『マックかよ。ケンタッキーじゃないのかよ。』と表示されたディスプレイがある。少女が座っているすぐそばである。このセリフは、少女の口から発されたものではない。少女の座高ほどの高さの巨大なディスプレイの上に表示されている。

「どっちでもいいけど……ポテトだけ?」
ヘッドホンを付けた少年がつぶやく。少女の対岸に座っている。黒い半袖Tシャツと、短パン。髪型は長めで、現代風である。控えめにつぶやくと、かってきたらしい黄色いジャージの女に目をやる。

「うーん、そうみたいやなあ……」
女は、茶髪のてっぺんをガシガシと掻きむしって、机の上の紙袋を漁る。関西弁のイントネーションがおかしい。とりあえず語尾に「やなあ……」と付けているだけのようだ。

「そうみたいやなあ……って、お前が買って来たんじゃないのか?」
サングラスの男が、赤と黄のケースからポテトをひとつ摘んで、口に入れる。

「いや、知らんって。というか、なんであたしたちここで食べてんねん。」
女は、人差し指で地面を指す。

『ケンタがいい〜』
と少女のディスプレイに表示される。

「……」
少年は、ただ黙々と正座で机の上のフライドポテトを口に運ぶ。

「ポテトが昼食かよ。」
男が言う。凄んでいるようだが、声は若い。

「うーん……、昼食じゃなくておやつの可能性もあるなぁ。なんやこのポテトは。」
女は、ポテトを摘んで顔の目の前に持っていく。

「なんで、わかんないんだよ……、時間は?」
男は時計を探す。
すかさず少女が巨大なディスプレイのてっぺんに手をやると、何かのボタンを押した。画面が動いて、文字が消える。代わりに、10:50という文字が浮かぶ。

「昼食じゃねえか。ハンバーガー買ってこいよ。」
男はポテトを指示棒のように女に向ける。
『ケンタがいい〜』
ディスプレイがさっきの文字に切り替わる。

「はあぁ〜、なんでアタシやの? おかしない?」
女が立ち上がる。手に持っていたポテトがどこかに飛ぶ。もともと散らかっているので、誰も気にしない。立ち上がると、ジャージは上下揃って真っ黄色で、ブラウンのラインが引かれている。

「いや、いいから、行けよ。多分、今日の展開はお前が買いに行くことになってるんだよ。ここでポテト食ってても何も起こらねえだろ。行け行け。」
男は手に持ってポテトを乱暴に振ると、それを食べ、また新しいポテトを一つ摘む。

「はあぁ〜」と女はさっきと同じ声を出すと、両手を脱力して、斜め上を見た。
「なんで、アタシばっかり……。」

「いいじゃん。主人公なんだから。」
やりとりを見ていた少年が、手を止めて彼女にいう。

女はキョトンとして視線を彼にやる。しかし、少年は黙々と正座をしてポテトを食べているだけである。

『主人公、ガンバ!』
少女の隣のディスプレイの表示もいつの間にか切り替わっている。

「え、そういうこと? わたしが買い物行くと何か起こるの? ちょ、こわいこわいこわい……」
女はたったまま、頭を抱える。

「ちょっと待てぇ!」
今までソファに座っていた男も立ち上がる。

「お前が主人公ってどういうことだよ。普通俺だろうが。」
男は、不精ヒゲが生えた自分の顎を指さす。

「は、そこはアタシでいいやろ。アンタになんの主人公的要素があんねん。さっきっからポテト、パクパク食ってただけやろうが。」
女が、すかさず返す。つばの飛沫が、飛ぶ。

「はっ、だったら言ってやろうか。俺はなあ、実力事務所『三猿』の所長、石田舞踏ってんだ。この小説のタイトルにある、三猿だよ三猿!」
男も負けじと、広角泡を飛ばして怒鳴り返す。

「ふっ……」
女が、肩を揺らして笑う。

「なんだよ。」

「ふっ……はははは! なんてダサい自己紹介なんや。今までナレーターがアタシらの名前を伏せて書いてたの気づかへんの? 色々面白そうな奴が出てきて、いい雰囲気やったのに、アンタ、自分から名乗りよるの! ははは、ぶっ壊しやあ。第二回もこれでダメになりよった……はははは! というか第一回もナレーターのマイク奪ったのお前やんけ。お前のせいで全部ダメになるなあ、この小説。いや、『お前』やなくて名前ゆうたるわ、『イシダブトウ』さん。はははは!」

女は全世界に響かせるかのように得意げに、この長いセリフを言った。その間、男は呆れたように口を開いたまま動かなかった。机の脇の少年少女は淡々とポテトを食べていた。

「いいわ、アタシが買いに行ったるわ。ふん、主人公はアタシやからな。……ははは! 待ってろやハルちゃん。ボクちゃん。マックもケンタも買ってきてやるでぇ!」

女はそういうと鞄から財布を取り出して、部屋から出て行ってしまった。

『紹介おつ。』
と、名前を呼ばれた少女……ハルのディスプレイに表示された。

「けっきょく、マイも説明役に使われてるじゃん……」
少年もそう呟いて、また次のポテトを摘んだ。

男もため息と共に、赤色のソファに腰を落とす。
「あいつもバカだな。」

というわけで、主人公の津込舞(つこみまい)は事務所から出て、ビルの一階に降りていく。

ビルの一階は、和風の雑貨屋になっている。入った途端に、甘いお香の匂いが舞の鼻につく。インテリアも事務所とは比べ物にならないほど整っている。木造の作りにみえるようにビルの壁を改装し、照明も和紙を使ったぼんぼりのようなものが天井からぶら下がっている。

舞がレジの方に目線をやると、着物姿の店主が振り替えった。

「あ、舞ちゃん! 買い物?」

黒く長い髪がなびいて、人懐っこい大きな目がキラキラと輝く。

「ああ、頼まれてな。」
舞は、軽く答える。

「私も行く!」
「ええ? 光乃さん、店は?」
「いいの、どうせ暇だし。散歩!」

そう言って、彼女は舞の手を取り店の外に引っ張っていく。思ったより強い力で抵抗できない。舞は、引きずられるように店から出る。

「ちょっ……、光乃さん、変やで?」
「そう……? でも仕方ないでしょ。私のシーンなんだから。」
「はぁ?」
そう言いつつも、舞は強引に駅の方向に引きずられる。

「光乃さん、なんで駅に用があるって知っとるの?」
「舞ちゃん。外では『みつの』じゃなくて、『あおいさん』って呼んでね。」
「あ、はい、葵さん。なんでアタシが駅行くことのわかっとるの?」
「だって、さっき事務所から声、聞こえてたから。」
「アタシたちそんなにうるさかった?」
「ううん……、そうじゃなくて、今までそう書いてあったから。」
「…………。」
「舞ちゃんと石田くんがどっちが主人公だとか言い合っていて面白かったよ〜」
「…………。」

舞は、腹を括って自分のするべきことに集中することにした。光乃に引っ張られる手を振り解いて、並んで歩く。

「なんやねんこれ……、なんか駅に昼ごはん買いに行くことになってるんやけど。」
「うん、そうだね。ついに始まったんだね。『三猿ベイベー』。」
この事実を受け入れているのか、屈託もなく舞に笑いかける。しかし、その迷いのなさが逆に舞を惑わせる。
「始まったって、おかしないこれ?」
舞は、それでも諦めずに手を開いて、光乃に何かを訴えようとする。
「ん? おかしないよ? 何が?」
「何がって。色々変やないか……。さっきから、いろいろ……。」
舞は何が変なのか指摘しようとするが、うまく言えない。むしろ考えれば考えるほど訳がわからなくなる。
「いいのよ、舞ちゃん。今日は多分、キャラ見せ回なの。舞ちゃんの思っているような進行とは違うかもしれないけど、きっと必要なのよ。」
光乃は、舞の背中を軽く叩いて笑いかける。
「け、けど、どうすればええねん、アタシ。」
「うーん、舞ちゃんは舞ちゃんらしくいていいんだと思うよ。キャラ見せ回なんだから。」
「アタシらしくって、どういうことやねん。」
「うーんと……。」
光乃は顎に人差し指を当てて上を向く。
「舞ちゃんは、下手な関西弁と、いまいち鋭くないツッコミと、ダサい真っ黄色のジャージ、だよっ!」
光乃は、三つ指を突き出して得意げに笑う。着物の袖が揺れる。
天然でヒドいこという子やな、と舞は心の中でいまいち鋭くないツッコミを入れる。

「というか、舞ちゃん。わたしにも何か聞いてよ。」
光乃が舞の脇をつつく。
「はぁ?」
「はぁ? じゃなくて、突っ込むならもっと、厳しめでもいいと思うよ。メタ小説なのに白々しいし。」
「は……、それいまだに慣れへんのやけど……。アンタとはもう十分話しとるやんけ。」
「だから、今日はキャラ見せ回って言ってるでしょ。あとで読者のみんなが読みたくなるように、いい感じにわたしの情報を引き出してよ。」
「そんなこと言われても困るわ。アタシそんな気ぃ利かへんし。」
「舞ちゃん。」
光乃が突然立ち止まる。
舞は急に立ち止まった光乃を目線で追う。
やや振り返った舞の肩に光乃の手が置かれて、強引に向き合う形に体を回される。よろめきながら舞は光乃の目を見る。
「舞ちゃん。お笑い芸人目指してるんでしょ。そんなんじゃ、テレビのトーク使ってもらえないよ。」
光乃の目は真剣だった。
舞は、じっとそれを見つめて動けなくなる。
あの天然な光乃が、自分の将来を考えてくれていることに、ハッとしたのだ。

「という感じに、さりげなく『舞ちゃんがお笑い芸人目指してる』って情報を見せたりするのよ。」
光乃は、そう言ってウインクするとまた舞の肩を軽くたたいて歩き始めた。
「それ、言いたかっただけかい!」
舞は呆れて怒鳴り返す。
「あはは、それそれ!」
光乃は舞を通り越して、楽しそうに笑う。

舞が青空に向かって叫ぶ。
「ちょ、どうするんやこれ! おい! こんなくだりがつづくんでええの!? おい! ナレーター! おい!」

はいはい。ナレーターですよ。

「何これ、なんなんこのくだり! 光乃さんもおかしいし! というかはじめっからずっとおかしいし! この小説アホや!」

否定しません。

「舞ちゃーん! 早く早く!」

それよりも、光乃さんが呼んでいるみたいですよ。

「いや、だから、お前まで何いうとんねん! それが変だって言っとるの!」

舞は、顔を赤くして必死に喚き立てる。

「真面目に情景描写しとる場合かっ! 答えろや!」

すみません。怒っている姿が面白かったので描写してしまいました。

「すみませんって、思ってないやろ! というか、ここまでのくだり、全部お前が書いたんやろがい! アタシにちゃんと説明せい! 登場人物なのにわかっとらんやないか!」

まあまあ。聞いてくださいよ。

そのナレーターの声を聞くと、舞は大人しく黙った。

「いや、『大人しく黙った』って腹たつな。とりあえず聞いてるだけや。」

自分に対する描写が気に入らないのか、舞は上を向いて指を天に向かってブンブン振る。どうやら、ナレーターが空にいるように考えているらしい。

「……。」

その描写を見て、舞はまた大人しく黙った。

「舞ちゃん。ナレーターさんと話してばかりいないで、わたしとも話してよお〜」
光乃が駆け寄ってきて、舞の腕にしがみつく。

「はあ、もう。訳がわからんくて、頭が……。いいから、誰かオチをくれ!」
舞は頭をかきむしる。

「舞ちゃん! しっかりして! 明日はちゃんとキャラ見せじゃなくて何か起こるから!」
光乃が必死になって、舞を説得しようとする。
「……ほんとか?」
舞は、その目を見て何かを確認する。
というか、何に安心しようとしているのか、舞もよくわからない。
「うん! ほんと! ちゃんと物語になったり、面白いシーンがあったりするって!」
「……ほんとか?」
光乃は涙目になって、舞にうなずく。その美しさに、舞はなんだかほっとする。
「うん。わたしが悪の組織にさらわれて三猿のみんなで取り返しにいったり、舞ちゃんがお笑い芸人を目指して頑張ったりするよ、きっと……。」
「……そうか。そうやな。まだ三猿ってなんのことなのか説明されてないしな。きっとこれからやな。この小説。」
「うん。だから、大丈夫。舞ちゃん、ツッコミ役で大変だと思うけど、がんばって!」
光乃は舞の手を取って、強く握りしめる。その手の柔らかさと、温かさに気もちがほぐれる。光乃の涙を見ていると、もらい泣きしてしまいそうだ。
「じゃあ、これが今日のオチ、ということでいいかな?」
「うん。」

舞が、そう頷くとどこからかエンジン音のようなものが聞こえてきた。

振り返ると、事務所にいたメンバーが、Pパッドに乗ってこちらに向かってくる。「Pパッド」とは、ハルが事務所の中で文字を表示させていた大きなディスプレイのことである。横向きにして地面に置くと「飛行モード」になって人を乗せて運ぶことができる。その様は、魔法のじゅうたんに乗っているのと似ている。速度は乗用車と同じぐらいと考えていい。

「おい、舞、おせーぞ。光乃も何やってんだ。」
サングラスの石田が声をかける。
「石田くん。外では『あおい』って呼んで、って言ってるでしょ!」
二人に追いつくと、Pパッドは地面に着地する。乗っていたハルがそれを片手で持ち上げて、
『腹減った』
と表示した。
「だってさ」
ボクも、それに被せてつぶやく。事務所で食べていたポテトの塩が指に残っているのか、軽く自分の指をしゃぶっている。
「え、みんな昼ごはんまだなの? じゃあ、おごるよ!」
『葵さん、神』とハル。
「え、マジ!」とボク。
「いい店知ってんのかよ。」と石田が茶々を入れる。
「うーん。多分! いこいこ!」
光乃はそう言うとみんなの肩を抱くように密集させる。
ハルが、Pパッドを倒して、また飛行モードにする。畳二乗よりちょっと広いぐらいなので、五人で乗ると密集する形になる。
「早く、舞ちゃんも!」
光乃に呼ばれて、舞もディスプレイの表面を踏む。すかさず、肩を誰かに抱かれて落ちないように支えられる。
Pパッドが、音を立てて浮上する。光乃が嬌声をあげる。舞も落ちないように体を踏ん張る。五人でこうやって体を支え合っているだけで、楽しい気分になってくる。今までのどうでもいいくだりも、どうでもよくなってくる。

「へい、Riri、近くのいい感じのレストランを探せ。」
石田がそういうと、足元のPパッドの画面が地図を表示した。
「おい、どういうことだ料亭『龍』って。」
「一応、店長も登録してるのよ。」
「わーい、中華だ。」
『チャーハン食いたい。』
「結局いつものとこやないか!」
舞のツッコミが入った頃には、Pパッドは猛スピードで進み始めていた。舞は振り落とされないように、また隣の肩にしがみついた。そして、祈る。読者もこの小説に振り落とされませんように。明日も、いや、明日こそはちゃんとした話が描かれますように。

「まあ、終わりよければすべてよしってことね。」
光乃が舞の隣でつぶやくのがきこえた。しかし、何が「よし」なのか、舞には、そしてナレーターの私にもさっぱりわからない。

つづく。

最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!