日曜日⑧

程なくして剛志がアイスコーヒーをもってきた。すかさず今井は剛志に喋りかける。
「お、早いね明奈ちゃん仕事早い!」
「ガムシロ5個ここ置いとくから。」
剛志はぶっきらぼうにガムシロを机の上に置いた。
「さすがわかってるね〜」
そう言いながら明奈は両手で剛志を指さした。
「てか、バッグ返してやれよ。」
今井と剛志の会話に薫が割り込む。
「ん?なんのこと?」
「響のバッグだよ。持ってっただろ?」
薫は手を今井の前に差し出して言った。
「これか!」
一瞬考えたあと今井は思い出したように横に置いてあったバックを手に取り、薫に手渡した。
「軽ッ」バックを受け取った薫は呟いた。
「やっぱ軽いじゃん本当に持ってきた?」
薫は私の方を見る。
「いや、重いから3巻分だけ持ってきた。明日またもう3巻渡すよ。」私が応えた。
「なんだよめんどくさいな。まとめて借してくれよ。」
薫は不満そうに言いながら、私のバッグを開けて中を漁った。
「どうせ塾で忙しくて読めないだろ。続きが気になっても先がないんじゃ読まなくて済む。」
私が言うと薫はため息をついてアイスコーヒーを啜った。コーヒーを啜りながら薫は私に言った。
「てか、お前受験はどうするんだ?ちゃんと勉強してるのか?」
薫は唐突に話を変え私をじっと見てきた。
「何だよ、急に。」私は言った。
「塾で忙しくてって。この時期に勉強が忙しくないやつなんていないだろ。俺こないだ塾の帰りお前が見るからにグレた奴らと歩いてるの見たぞ。なんでフラフラ遊んでんだよ。」
薫は続けて言った。
「まぁお前が何しようが誰と連もうが関係ないけど、俺はお前にがっかりしてる。このままああいう連中と付き合うくらいなら俺はもうお前とはつるむ気は無い。」
「いや、でも、別に悪いことしてる連中では...」
私は剛志がすぐそばにいる手前言葉に詰まった。急な薫の叱責にしばしの沈黙が流れた。
「俺もう行くわ。」
そういうと薫は財布を取り出し、アイスコーヒー代を机の上に置きながら立ち上がった。
「なんでそんな風になっちまったんだよ。」
そう呟くと薫は足早に店を出ていった。
「なにあいつ。」剛志も呟く。
今井はコーヒーをストローで飲みながら無言でカフェのメニュー表を見ていた。
私は俯き、汚れている自分の靴を眺めていた。
 
 その後私達は小1時間ほど喫茶店に滞在した。薫が出て行ってから空気の重さを感じていたが、そこは今井の底なしの明るさに救われた。
「薫ちゃん成績もめちゃくちゃ上がってるし、こないだ女の子から告白されてるのも見たよ。断ってたみたいだけど。」今井が言った。
私達の話題は主に薫に関してだった。学校内ではもちろん、塾生の中でもトップクラスの成績らしい。彼には非の打ち所がない。1時間話していてもダメなとこ一つ出てこなかった。しかし、私はそんな人間が自分の友人であることを誇らしく思うことはなかった。薫は私にとってピカピカに磨き上げられた鏡のような存在であった。薫を見ると自分を直視せざるを得ない。私は喫茶店を後にしたあと1人でプラプラと駅前を歩いていた。薫の言葉が頭の中でこだましていた。彼と過ごした日々は楽しかった。今はどうだろうか。高校生活も終わりに向かっている。この先の自分を想像すると酷く無気力な気分になった。既に日は暮れていた。家までの帰り道、10m先に交差点で信号待ちをしている薫を見つけた。薫は足音に気づき振り返って私の存在を確認したが、特に声をかけることもなく、再び前を向いて読んでいた本に目を落とした。持っていたのは先ほど貸した漫画ではなく参考書であった。私は薫の横に並ぶことはせず、一歩後ろに立って信号が変わるのを待った。その道路は交通量が多く中々信号が切り替わらなかった。車の走る音が聞こえるはずだったが、そこには確かに静寂が存在した。しかし、その静寂は一瞬にして耳がはち切れんばかりの警笛音によって切り裂かれることとなった。突っ込んできたトラックに私と薫は衝突した。そこで私は命が繋がったことが奇跡と呼べるほどの大怪我を負い、記憶の大半を失った。薫は即死だった。

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