ガイモンさんの同人小説

 波濤が鋭く港湾を穿つ大しけの海は、この極東の海における平時であった。海がもたらす幸と怒涛との共生を強いられたこの小さな海は、例にもれず、港湾の発展と街の発展とが比例する港町である。街のどこから眺めても、誰かが我先にと作った海にそぐわない華美な帆を空に掲げている帆船を数十数百と見つけることができた。そのような三百六十度の港の中でも、隣島との交易に使われる西側の港がひときわ目立っていた。そこにあるのは帆船だけではない。魚と酒とを提供する飯屋も帆船を修理する船大工も交易で手に入れた商品を早速売りに出す商人も揃っている島最大の商店街が形成されていた。その商店街の入口、海とをつなぐ境界にあるのが凱旋門と呼ばれる潮風の前に老朽した木製の大きな門である。この門の伝説、つまりあの海賊王が百十年前にすべてを手に入れ故郷に凱旋するまでの話は、島の誰もが知っており、島に生息する鳥すらも諳んじることができると言われている。その話を当然信奉していた私の両親は、私に似てそそっかしく、他者と違うことでアイデンティティを保とうとする幼稚さを有していたので、私の名を他の子供達のように海賊王から取るのではなく、凱旋門から取ることで自らを満足させた。
 私のあの島の記憶では、いつも凱旋門がみすぼらしいながらも堂々とした偉容を掲げていた。母の手の中で、もしくは母の手に引かれて、いくどとなく父が海に出ていくのを見送り、海から帰ってくるのを迎えたが、そこから出てくる父が、入ってくる父が、幽明を越境できる使者のように思えて怖かった。私は父を送迎する以外には海から離れて山の上で鳥や牛と戯れて遊んだ。そんなときにも海をふと見ると、あの凱旋門が海のフレームとなって世界を象っていた。
母とともに父を送迎する日課が初めて破られたのは、私に弟ができる日であった。その日の朝、父は私に産婆さんがいる場所を伝えて海へとかりだしていった。私は家から風景となった門から父が海へと発っていくのを見送った。その後、母の枕もとに立ったり座ったりしながらその時を待った。母はいつもの朗らかさで私と話していたが、太陽が最上でカンカンと照っているのと反比例するように少しずつ口数が減っていった。私が袖で汗を拭ったときに、母はいきなり見たことのない苦悶の表情で小さく抑えるように喘ぎだした。母の苦しみをすぐに理解し、産婆のもとへと走り家へと案内した。母は経産婦の気根で耐えようとしていたが、その気力が小さく低い声とこの世ならざる容貌とで表出していた。私はそのような母と、そのような母を当然のように受け止める産婆とのやり取りに心奥を弾かれた。気づくと私は港にいた。いつも隣に母がいるはずの商店街は、あまりにも広かった。そしてその端にある、叩いたら崩れそうな門。これを慰めのために左手で触ると、ささくれだった木材が人差し指の中心に刺さった。血が流れる。自らの体内から流れる初めての血液に、興奮し、門をくぐって海へと走った。港の突端にしゃがんで海を覗くと、波で生じた気泡が無数にくっついていた。私は海へと人差し指を差し向け、血を垂らした。その一滴は拡散して消えてしまった。何度繰り返しても同じである。海は生きている。私はそのとき海賊になると決めた。

原作参照

私は他の奴らを出し抜こうという浮薄さと幼稚なそそっかしさで二十年を失い、それ以上のものを失おうとしている。しかし、これによって得たものもある。商店街も凱旋門もない、そもそも人工物がないこの小さな自分だけの島。これは私の財産だ。私は左手を二十年ともにしてきた宝箱にかざすと、ささくれだった木材が人差し指の中心に刺さった。その血は私の財産へと滴り落ちる。名も知らぬ草の上に落ちた私の流動的激情は、色を少しずつ変化させながら、それでも私の血液として浸透していった。

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