髙橋遥人投手のストレートは回転数が少ないのに手元でノビる? 「ノビのあるストレート」と言われるものについて情報を整理してみました

 阪神タイガースの髙橋遥人投手は亜細亜大学野球部から2017年ドラフトにて2巡目指名で入団。2021年シーズン終了時点で通算14勝18敗、防御率3.01。
なにかと怪我がちで離脱が多いのがキズですが、昨年は2試合連続完封勝利を達成するなど登板時の頼もしさはチーム随一。
ファンからは左腕エース筆頭の呼び声も高い選手です。

 彼の特徴の一つである、スリークォーターから独特の低いリリースポイントで放つ「浮きあがる」「糸を引くよう」と形容されるストレートは投球の半分近くを占めており、一部から「花丸ストレート」とも呼ばれる直球は彼のスタイルの軸となっています。
それと俗に亜大ボールと呼ばれる落差のあるツーシーム、大きく鋭く曲がるスライダー、カットボールなどを駆使し、通算投球回数269.1の内282奪三振と高い奪三振能力も魅力です。

 投手のストレートを語る時、球速とは別に昔から形容されてきたのが「手元でノビる」「キレがある」といった表現。
そういった質が高いと評される直球は、球場やTV観戦で受ける印象以上に打者にはまるで手元で加速するかのように感じるらしく、差し込まれてファウルや空振りを期待できます。

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「真っ直ぐがキレてますね」

 ノビやキレの原理についてはプロアマファン内で様々な説や憶測が氾濫しており、はっきりとした回答は出されていないと言っていいと思います。しかし近年はトラックマンやPITCHf/x、ラプソードといったシステムが活用され、荒いビデオ映像やスピードガンしかなかった頃と比べると球に影響する要素が判明してきました。

 阪神の歴代投手においてストレートの質を語る時、古今様々な名投手の中でも絶対に外せないのが、2020年を持って現役を引退した藤川球児投手。彼の直球は「火の玉ストレート」と名付けられ、中継映像からでも「浮き上がっている」としか思えないほど真っすぐが垂れない軌道を描き、数々の強打者たちが球のはるか下をことごとく空振りして三振を量産したのです。

 ストレートはバックスピンをかけて投じられますが、彼の盛期の球は他の投手より遥かに強力な回転が垂直に近い軸でかけられ、強力な揚力を生じながらミットに吸い込まれていきました。
どんな直球でも上り坂のように浮き上がることはあり得ず山なりになりますが、平均的なプロの球より落ちない軌道で向かってくる為にバットが下を空振りしてしまうわけです。
この球の傾向に対し、「ホップ成分」という言葉が解析で用いられます。
手元で加速するように感じるノビは、このホップ成分が主な要因というのが通説です。

 そういった浮き上がるようなストレートは似た球速の平均的な球より速く感じられる為、「初速と終速差が少ない」とたまに評されます。野球を扱ったメディアでも見聞きしますし、感覚と一致しているので私自身もそう思っていました。
しかしホップ成分の高い、揚力が大きく生じる球は反対に減速率が高まることが指摘されています。

https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/65-2-185.pdf

PITCHf/xを使った解析のリンク

 バックスピンが強くかかるほど実際は遅くなっているのに、同じ初速でスピンの弱い球より打者は速く感じる不思議な現象。
藤川投手や、同じく渡米して腕を振るった上原浩治投手のストレートは観てはっきりわかるほど強烈にホップしていた為、日本球界で直球の回転数や回転効率の重要さが広まる一因にもなりました。
昨今は計測機器も手軽に利用できて動画やSNSを活用できますから、アマチュアの若い少年少女たちも積極的に練習に取り入れていると聞きます。

 髙橋投手のストレートもさぞかしすごい回転がかかってるんだろう・・・と思いきや、なんと彼の球の秒間回転数は平均を大きく下回っているようです。

 ストレートの空振り率もNPB平均を大きく超えるものではありませんし、彼は藤川投手や上原投手ほど直球で空振りを取るタイプではありません。

 にもかかわらず対戦した選手は口々に「球速より速く感じるストレート」と称賛します。回転数が少なくホップ成分は期待できない。しかし映像を見ていると、綺麗にバックスピンはかからずカットボールのようなジャイロ回転にやや近くなる、俗に「真っスラ」と呼ばれる系統の球であることが読み取れます。

 これは平均的な直球より縦横共に変化しない、藤川投手とはある意味正反対の球質です。藤川投手の直球は真上にホップすると形容されますが、実際はシュート方向にも変化しています。

 縦の変化率が極めて大きい為に「真上」に変化しているように見えるのでしょう(SPORTVISION社のデータはMLB時代の2012~14年のものなので、最も猛威を奮った渡米前とはズレていますが)。
直球は通常シュート方向に変化し、やや重力に逆らって進むのです。

 ジャイロ回転の特徴として進行方向の空気抵抗が少なくなり、バックスピンとは対照的に減速率が低下し、重力に従って落ちやすくなります。
彼の直球が真っスラなら、平均的な直球よりも揚力は発生しません。そしてシュート成分が極めて少なく、平均的な直球に慣れている打者には僅かにスライドしているように感じるでしょう。
こういった球は減速率が低いので振り遅れによる凡打やファウルは期待できますが、変化量が少ないのでバットから完全に逃げられる可能性は低くなります。
また、より沈みながら進むので球の上面を叩きやすくゴロ率が高まります。
反対にバックスピンが強力にかかったホップ成分の高い球は空振りが期待できますが、ボールの下を叩きやすいのでフライを量産します。

 このように直球の質は打球傾向に表れやすく、スピンの強くかかったストレートを主体とする藤川投手は自ら「フライピッチャー」であると認識していました。
対照的に髙橋投手のストレートはよりゴロの打球が目立ち、変化球で空振りを多く取るタイプなので「三振が取れるゴロピッチャー」と言っていいでしょう。

 髙橋投手のストレートもノビる球であれば、ホップ成分の高い球は空振りやフライアウトになりやすいので、反対に真っスラは空振りはし難い
が差し込まれやすい
のでノビを感じるといったところでしょうか。
いずれにしろ「異質」なので速く感じるのではないでしょうか。

 もう一つ注目したい点があります。
先の記事から、髙橋投手のリリースポイントは平均よりかなり低く、体を沈ませて投じられています。
この独特なリリースにも要因がある可能性はないでしょうか。
低い位置からリリースされた球は「打者にとって」ホップ成分が増します。MLBでも直球のライズ(浮き上がらせる)効果を高めるのが一つのトレンドになっています。
リリースポイントをできるだけ低くし高めに投じることで、高いリリースポイントで投げるより打者には浮き上がって感じられるのです。
現役最強の呼び声高いジェイコブ・デグロム投手もその使い手です。

 あくまで推測ですが、「真っスラ」ながらリリースポイントがかなり低い為にライズ効果も付与されているのでないかと考えました。
実際は通常よりも沈みながら進んでいるので、打者は芯をより捉えにくいかと思います。そして減速率が低いので、バックスピンがかかった直球に比べると手元でスピードが落ちず向かってきます。
球の出どころが見えにくいと言われるフォームの完成度も功を奏しているかと思います。解説者がよく髙橋投手のリリースを褒めるのを見聞きしますしね。
さらに彼の変化球はツーシーム、スライダー、カットボール…と、いわゆる癖球(ムービングボール)や膨らみの軌道が少ない球種が揃っており、その中で「変化しない球」はさぞかし異質に感じるでしょう。

 これら様々な相乗効果により髙橋投手のストレートはよくノビて質が良いと感じられ、ファウルや見逃しストライク、時には空振りまで取れているのではないでしょうか。
火の玉ストレートのようなホップ成分の高い球ほど空振りは取れなくとも、直球主体で凡打と三振を重ねられる、彼の花丸ストレートは確かに優れていると思います。
直球に限らないことですが、回転数が大いにしろ少ないにしろ「平均から逸脱した球」が強力という説が個人的にしっくりきます。

 ここまで憶測を重ねましたが、議論の一つとして捉えていただけると幸いです。

<引用元(全てWEB参照)>

NPB.jp 日本野球機構

ウィキペディア(Wikipedia)

統計数理(2017) 第 65 巻 第 2 号 185–200 ©2017 統計数理研究所 特集「スポーツ統計科学の新たな挑戦」 [原著論文] ストレートに着目した空振りに影響を与える要因の定量的分析 永田 大貴・南 美穂子

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